人生について

2020年4月 2日 (木)

祝!退職

一昨日の3月31日、友人が44年勤めた会社を退職しました。
齢61歳、おいらと同い年です。
65歳までは働ける環境ではあったんですが、なんかもうイヤになっちゃったんだそうです。

それでも、中々決断しなかったんですけどね。
ようやく腹を括った感じでしょうか。



最後の出社は、3月30日。
なので、一昨日の退職日は、もう会社に行く必要も無いってことで、友人と会うことに。

新型コロナウィルスの影響で、自粛中ではあるけれど昼飯くらいなら、まあいいでしょう。

「あさくま」で、日替わりランチを食べながら・・・。
Img_20200331_1145461

今の心境は?
これから何する?

そんな話を、2時間ほどね。



それで、今の心境は・・・。

「なんか複雑」

だそうです。

「寂しい思いもあるし、せいせいとした気分もある」って。

それ、わかるよ!
わかる~!

なんたって、退職は、おいらの方が先輩だからね。(笑)

その気持ち、時間の経過とともに薄れてくるんだけど、1~2年は、ず~っと続く。
でも3年もすれば、すっかり慣れちゃうよ。
そんなもんだと思ってね。
ただ、「これから何をするか?」が、一番重要だからね。

それが、無職生活を満喫している先輩(おいら)からの、アドバイス。

でも、おいらの場合は「バンコクで暮らす!」、そんな目標が有ったから良かったけど、友人にはやりたい事が特にないのだ。
それが懸念材料。

少しの間は、頻繁に連絡をして、誘い出しますかね。
「燃え尽き症候群」になられても困るからね。
それにおいら、しばらくはバンコクに行けそうにも無いし。

とにかく、これからは無職仲間として、支え合いますわ。

とりあえず、長い間おつかれさま。
そして、おめでとう・・・です。

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2019年12月31日 (火)

大晦日に5年を振り返る

今日は、2019年の大晦日。
本来は、今年1年を振り返えるところですが・・・。

大晦日は、おいらの退職記念日でもありまして。

会社を退職したのが、2014年の大晦日。
56歳の時でした。

まだまだ働きざかりでしたが、いろいろな事情が重なって、思い切って退職を決断。

不安は、もちろんありましたよ。
一番の不安は、収入が一切なくなることでしたね。
多少貯えがあっても、もし想定外の出費があったらどうしよう?とかね。

それと、働かない生活に、本当に耐えられるだろうか?ってことも。
リタイア生活は、未知の世界でしたから。

まぁ、今となってはすべて危惧に終わりましたが、退職間際は、結構精神がやばかったかもです。
今ではそれも、懐かしい思い出ですが。

なので、今日は1年じゃなくて5年を、一気に振り返っちゃいましょう。



2015年(退職1年目)
56歳~57歳
とりあえずハローワークに通い、失業保険を受給しながら、バンコク移住のことをいろいろと考えていました。
ハローワークでは、バンコクでの求人か、バンコクに支店がある企業を中心に、検索してましたね。
もし良い条件の企業があれば、バンコクで働いてもいいかな?って本気で思っていました。
でも、そんな都合よく見つかるわけも無く、失業保険の受給が終了。
そして、バンコク移住に向けて、リタイアメントビザ取得に動き出した年でした。
会社を辞めた不安よりも、バンコク暮らしの夢実現に向けて、ウキウキの日々でした。

2016年(退職2年目)
57歳~58歳
バンコクでリタイアメントビザを取得。
これで、バンコクでの完全移住が可能になりました。
しかし、ビザ取得後、一旦日本に戻ったところで、不幸が重なりました。
叔父、母、従兄と、立て続けに亡くなったのです。
今考えると、とてつもなくヘビーな年だったなぁ。
バンコクへの移住に、待ったをかけられたような、そんな気持ちになりましたね。
なんだかんだ忙しくて、仕事のことなどすっかり忘れられたのが逆に良かったのかも。

2017年(退職3年目)
58歳~59歳
ようやく落ち着いてリタイア生活を満喫できる年でした。
ただ、前年に不幸が重なったため、法事などで日本とバンコクを行ったり来たりする羽目に。
でも、この行ったり来たりが、今の2拠点暮らしの原点なったように思います。
「完全移住では無く、行ったり来たりする暮らしって、案外いいかも?」ってね。
ただ、問題は資金面。
老後に破綻したら、目も当てられませんからね。
資金計画を再度見直したりして、バンコク移住について、真剣に考えた年でもありました。

2018年(退職4年目)
59歳~60歳
退職した時、60歳までには何かしら起業しようかな?って、漠然と考えていましてね。
でも、60歳を迎えても、結局は何もしていませんでした。
もう働く気が一切なくなってたんですよね。
あまりに何もしない暮らしが、楽すぎました。
人間は、切羽詰まらないと何もしないってことですね。(笑)
この年に企業年金の受給も始まり、「贅沢しなければ、あとは何とかなる!」それを確信した年でもありました。

2019年(退職5年目)
60歳~61歳
まあまあ平穏に暮らせたかな。
「仕事は?」の質問に「無職です」って答えても、驚かれなくなったので、それがちょっとつまんないですが。(笑)
そして、2拠点暮らしが、完全に確立した年でもありました。
2ヶ月サイクルで日本とバンコクを行ったり来たり。
これ、快適です。
1ヶ月だとなんか慌ただしいし、3ヶ月だとちょっと飽きそう。
2ヶ月って、旅行と生活のちょうど中間くらいの感じがいいです。


こうやって振り返ると、5年なんて、あっという間ですね。(笑)

ついでに、来年(2020年)は?
61歳~62歳
リタイア暮らしも、もう安定期でしょうか。
少しでも長く健康で今の暮らし方が継続できるように、体力維持に努めたいと思っています。
目標は、鉄棒ぶら下がり1分。
だって、今は10秒もぶら下がっていられないんだからね。(笑)
会社を辞めると、体力の衰えが顕著です。



最後に・・・。

「会社を辞めたい!」そんな想いを綴ろうと始めた、このブログ。
もう5年も書いたのかぁ。
飽きっぽいおいらが、よく続けられたものです。

その原動力は、やっぱり読者さんがいたからですね。

この1年、お読みいただき誠にありがとうございました。
そしてコメントいただいた方には、感謝です。
ブログ継続の励みになりました。

来年も書き続けられればいいんだけど・・・。
とりあえず、頑張りま~す。

みなさん、良いお年をお迎えください。(^^♪

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2019年12月23日 (月)

友人の決断!

日本の友人の話です。
友人のことについては、何度か記事にしていますが・・・。

最新の記事は、ここ。

会社を辞めるのか?辞めないのか?そんな記事でしたね。

友人は現在61歳、今は再雇用契約で働いています。
高校卒業後、転職もせず同じ会社で43年。
そりゃ、愛着もあるよね。

だから、なんだかんだ言っても、働けるうちはずっと働くんじゃないかな?
ずっとそう思っています。
だって、周りに何言われるでも無く、ただ会社に行くだけで、それなりの給料を貰えるんだから、こんな楽な事ないですもんね。

それで・・・。

再雇用契約は、1年ごとの契約。
毎年3月末日に、再雇用契約を締結するらしいんですが、契約更新をするかどうか?は、今月に決めないといけないんだって。

そして、先日に、その面談があったそうです。



そして、ついに決断!

その決断は・・・。

来年の3月で会社を辞める!

でした。

「えっ!ほんと?」
「リタイア後のプラン、何も考えてないんでしょ。」

そうしたら・・・。

「もう決めたことだから。」って。
ちょっと未練がありそうな感じだったんですよね。

大丈夫かなぁ?

ちょっと心配。

まあ、決断しちゃったんだから、しょうがないんだけどね。
あとは楽しいリタイア生活になるよう、一緒に考えて行きましょうか。

独り者の無職生活、一番の注意点は社会との接点が薄くなること。
特に引き籠りは、要注意です。

って、引き込みり気味な、お前が言うな!ですね。(汗)
だけど、経験者だから、伝えられるんです。

おいらみたいに日本とバンコクの2重暮らしはしないと思うけど、落ち着いたら一度はバンコクにも来てもらわないとね。

まあ、付かず離れず適度な距離感を保ちながら、仲良くやっていきますわ。
無職のジジイ同志、お互い助け合わないとね。

なにしろ中学生の時から、50年の腐れ縁ですから。

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2019年10月 2日 (水)

3年前のこと

明日10月3日は、3年前に亡くなった母の命日です。

3年も経っているのに、あの日のことは今でも鮮明に覚えています。
ブログの記事に残してたから余計に覚えているのかも?

ブログを読み返してみると、記憶がどんどん蘇って・・・。



溯ること3年前。
2016年10月3日の早朝。

和室の部屋には、おいらと介護ベッドに横たわる母さんと二人だけ。
母さんは、意識は朦朧としているが、呼吸は荒く苦しそう。
懸命に生きようとしているのがわかる。

おいらは、何も出来ずにその姿をただ見守るだけ。

そこには、医者もいないし看護士もいない。
在宅介護を選択した時、覚悟は出来ていたつもりだけど、ちょっと心細かった。
母さんが、もうすぐ息絶えてしまうことが、容易に想像できたからだ。

その時のおいらの気持ちは・・・。

「もう少し、がんばってくれ!」っていう気持ちと、「もういいよ、早く楽になってくれ!」っていう気持ちが、複雑に絡み合っていたように思う。


そして・・・。

母さんの、苦しそうで荒い呼吸が、止まった。

死んだ?

そう思った数秒後、息をふきかえす。

呼吸が止まったり復活したり。
それを何度か繰り返すのだ。

人の生命力ってすごいなぁ。
おいら、何故か冷静だった。


そして・・・。

「うっ!」と言う唸り声をあげて、また呼吸が止まった。
数十秒待ってみたものの、こんどは息を吹きかえすことは無かった。

母さんの人生が、終わった。

それは、おいらが、人の死と初めて向き合った瞬間でもあった。


その時、おいらは、ドラマのように大声で泣き叫ぶでもなく、不思議と涙も出なかった。

それより、これからどうすればいいんだ?
そっちの方が気になっていた。

とりあえず、事前に言われていた通り、医師に連絡しなきゃ。
それと兄にも。

兄より先に、すぐに医師がかけつけてくれた。
そして、母さんの状態を確認。

死亡が宣告された。


そして医師がおいらに・・・。

「よく頑張りましたね」と、声をかけてくれた。

その言葉で、急に涙があふれでた。
「ありがとうございます。」その言葉を発するのが精一杯。
あとは言葉が出ない。

おいら、母さんが闘病中
人前では、ずっと気丈に振舞ってきた。
人前では、ずっと涙を見せることは無かった。
でも、ついに堪えきれなかったのだ。

ただそれは、母さんが亡くなったことの悲しみの涙というわけでもなく、安堵の涙でもなかったような気がする。

病院を退院させられ、自宅介護に切り替えたこと。
そのことが、おいらの心にずっと重くのしかかっていたのだ。

結局、自宅介護を初めてたった2週間で、母さんを逝かせてしまった。
自宅介護は、おいらのエゴだったんじゃないか?
もっと病院にいさせてあげられれば、母さんは苦しまなくて済んだんじゃないか?

そんな想いがずっと有ったので、医師の一言で報われたような気がしたのだ。



あれから3年。
今思えば、とてつもなく辛い在宅介護をした2週間でした。

母さんは何も食べられ無かったけど、ちゃんと食事を用意して。
慣れないオムツ替えをして。
一生懸命に話しかけても、昔の母さんには戻らないもどかしさ。

そして、なんといっても在宅介護に入って、日々弱弱しくなっていく母さんの姿をみつづけるのが辛かった。
無理言って病院にいさせてもらった方が良かったんじゃないかな?
そんな葛藤もあってね。

母さんの本当の気持ちはどうだったのかな?
「最後は自宅で死にたい」一般的には良く聞く言葉だけど、それって本当なんだろうか?
母さんからは、一度も「最後は自宅で」なんて聞いたことなかったし。

最後は病院にいた方が、安心だったんじゃないのかな?
息子に介護をされるって、イヤじゃ無かったのかな?

それをずっと引きずってる。
今さら答えなんて出ないのにね。

じゃ、おいらはどう?
どちらかいうと病院で看護師さんに世話になって死にたいかな。

なんなの、その矛盾!
天国の母さんに、突っ込まれそうですが。(笑)

それにしても、3年なんて、あっという間。
過去のことより、そろそろ自分自身の心配をしないといけないかも。

おいらもそんなお年頃です。

明日は、お墓参りには行けないけど、バンコクから手を合わせます。

 


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2019年8月14日 (水)

ドライブ中に語り合ったこと

前回の記事で、友人と安曇野までドライブに行ったことを書きました。

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朝から晩まで友人と一緒にいたわけで・・・。

普段、一人で暮らしていると話し相手がいないので、言葉を発することも少なくなっている今日この頃ですが、1年分くらい話した感じでしょうか。(笑)

どんな話をしたかというと・・・。

昔の思い出話とか
健康の話とか
バンコクの話とか
政治の話とか
株の話とか
お金の話とか
これからの話とか

それはそれはたくさんの話をしました。
その中で、印象的だったことを、一つ二つご披露しましょう。



安曇野までの道程を地図で見ていたら、その先に「青木湖」って地名を発見。

おいら「青木湖って、聞き覚えあるんだけど・・・行ったことあるのかなぁ?」
友人「俺、行ったことあるよ スキーをしにね」
おいら「あれ?もしかして一緒に行った?」
友人「そうだったかも・・・」

ここから、どんどん記憶が蘇って・・・。

おいら「思い出してきた。お互いの会社の有志で合同でスキーに行ったことがあったよね。あれが青木湖だったかぁ?」
友人「そうそう、お前のカリブ(当時所有していた車)で、行ったじゃん!」
おいら「4WDを過信して、途中でスリップして事故りそうになったんだよね。あれは良く覚えてるわ」
友人「あれは危なかった!前の車に激突しそうになって、ギリギリで止まったんだよね」

さらにあれやこれやと、懐かしい話に展開です。

40年前の記憶。
まったく脳裏に無かったのに、友人との会話でどんどん鮮明になってきます。

懐かしいです。

友人とは中学生からの仲で、それぞれ別々の道を歩み、数年間連絡を取らないこともありました。
それでも、繋がっているのは、これもなにかの縁なんでしょうね。

若かりし頃の共通の思い出は貴重です。
まだまだ思い出さないこともたくさんあるはずなので、友人との何気ない会話を発端に更にいろいろ思い出すかも知れません。

昔のことをいろいろ話せる友人。
とても大切な存在です。



今後の話もたくさんしました。

友人は、まだ働いています。
でも定年を迎えて、今は再雇用です。
なので、給料は大幅に下がり、やりがいもかなり失せているようです。

それでも、働き続ける理由は・・・。

会社を辞める不安。
それも漠然としたものです。

おいらと同じで転職も一度もしたことが無く、ずっと一流企業の名に胡坐をかいてきたわけです。
そろそろ一歩踏み出さないと・・・。
そんな思いが、会話の中でひしひしと感じます。
たいした趣味も無く、会社一途な友人が今まさに帰路に立っているわけです。

もう働かなくてもいいんじゃない!
おいらは、そう煽りますが、どうも気持ちと行動が伴わないのが現状のようです。
まぁ、わからないでも無いですね。

おいらは、「バンコクで暮らす!」という明確な夢があったから思い切ることが出来ましたが、友人は何もないからね。

いつ思い切るか?
それとも、雇用契約が続けられる限り働き続けるのか?

「きっと、どこかで決断する時がくるから、それを気楽に待てばいいんじゃない。」
「何も起きなければ働き続ければいいしね。」

それが、おいらのアドバイス。

老後に趣味が無いって、普通の人には結構辛いことなのかな?
おいらは、ただぐうたらしているだけで幸せなんだけどね。

たまに、バンコク。
これがおいらの原動力。

おいら「バンコクに来る?」
友人「暑いんでしょ、暑いのは苦手なんだよね。」
おいら「じゃ、夏は北海道、冬は沖縄で暮らすのはどう?」
友人「それもいいね。」
おいら「いっそのこと、真冬に北海道で暮らすのはどう?冬の北海道で引き籠り、最高じゃん!」
友人「おっ、それいいかも。笑」

おいら、他人事なので好き勝手な事を言ってます。(笑)
老後暮らしの何らかのヒントになればね。



15時間半の長時間ドライブ。
他にもたくさんのことを話をしましたが、長時間ドライブでも会話が尽きない友人が持てたこと。
これが何よりも代えがたいことなのかも。

おいら、やっぱり幸せもんです。


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2019年7月24日 (水)

老後、どうする?

先日、61歳の誕生日を迎えました。
これで父親より長生きできました。
まずは、一区切りでしょうか。

それと、会社を辞めて5年、無職生活も板についてきた感じですかね。(笑)

会社を辞めるに当たって、まず不安だったのは資金面。
潤沢な資産があるわけでもないので、もし想定外の出費が発生したら・・・と。
まぁ、5年経って、出費がほぼシミュレーション通りに推移しているので、不安はかなり縮小しましたけどね。

それと働かない生活への不安。
18歳から56歳まで会社一筋だったので、それが無くなることで、心理面にどんな影響を及ぼすのか?また働きたくなるんじゃないか?
とかね。
結局これも稀有に終わりました。
何もせず毎日ゴロゴロしていても平気な性格に感謝でしょうか。(笑)

だけど、最近になって新たな不安が頭をもたげてきました。

それは・・・。

健康面!

腰痛が頻繁に発生するようになって、「う~ん・・・」です。
結局のところ、人生において「不安」って言うのは、いつも付いて回るもんなんだね。

不安が解消したと思ったら、また別の不安が表れて・・・。
不安がまったく無くなるのは、それは死ぬときなんだね、きっと。



先の日曜日、同い歳の友人と会ってきました。
友人とは、バンコクから帰国するたびに会う仲です。

友人は、今年の3月に定年を迎えたんですが、まだ同じ会社で働いています。
「働くのが好きなわけじゃないけれど、辞めてもね~。」
いつもそんな感じです。

それはそれでいいんだけど・・・。

話題が健康面に及ぶと、友人もおいらと同じような悩みを抱えてました。
腰痛やら糖尿病予備軍やら・・・。
他にももろもろと。(笑)
まあ、お互い歳だから、病気とも上手く付き合わないとね。

そんな話をしているうちに、だんだんと老後の生活の話に。

今はまだ、なんとか大丈夫だけど、体の自由が利かなくなったら、どうする?
お互いに独り身なので、この問題は切実です。
ぽっくりと死なない限り、誰かに介護をしてもらう日がいずれ来るわけだからね。

友人から
「どこか介護付きの有料老人ホームに入るしかないかな?」
「一緒のところに入らない?」
そんな提案まで。

おいら「まあ、いずれは考えないといけないかもね。」
結局、そんな話になっちゃうだよね。(笑)



ずっと永遠に、日本とバンコクの二重生活が出来るとは思っていません。
いつかは必ず終わりが来るわけで・・・。

でも、それがいつなのか?
急に訪れるかも知れないし、まだずっと先かも知れません。

とりあえず、どんな準備をしておくべきか?
そろそろ考え始めないとね。

介護付き老人ホームに入居。
あながち、無きにしも非ずかもです。

これからの課題として、じっくりと考えることにしましょう。

それにしても、人生って考えることばかりだね。(笑)


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2019年7月20日 (土)

従兄が死んだ・・・

兄のように慕っていた従兄が亡くなりました。
享年64歳。

昨日は、その葬儀に参列しお別れしてきました。
「大バカもんだよ、お前は!」
「母親より先に逝っちゃうなんて・・・」
そう言ってやりましたよ。

まだまだやりたいこともあったでしょう。
無念です。

人の命なんて、脆くて儚い・・・。
覚悟はしてたけど、なんかやりきれない。

今は喪失感でいっぱいです。

 


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2018年12月23日 (日)

リタイアシミュレーションと資産運用の話

先日、読者さんからコメントをいただきました。

今oinin様のブログを過去遡って読んでますが、(最近読者になった新参です)どのようなリタイアシミュレーションをなさったのか知りたいです。
もちろん!リタイアするまでの気持ちの踏ん切りやら迷い様々あると思います
私も本当に同じ考えでお金の金額の満足は人それぞれだと思いますが分相応に身の丈にあったリタイア生活に至るにはどれだけの資産の運用が必要なのか知りたいですねー

今日は、このコメントへの返答記事です。

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おいらがリタイアしたのは、今から4年前の56歳の時。
定年前でのリタイアですから、かなり躊躇しました。
だって、収入が一切なくなるわけですからね。

それでも思い切って会社を辞められた理由は・・・。

1.バンコク暮らしをする夢をずっと変わらずに持てたこと
2.会社に愛想をつかす出来事があったこと
3.資金面をシミュレーションして、リタイアしても何とかなると確信できたこと

この三つが絡み合ってのことです。
どれかが欠けていたら、56歳の時にリタイアすることは無かったと思います。

元々は、58歳でリタイアする予定でした。
元勤務先には役職定年っていう制度があって、58歳になると役職から離れます。
そのタイミングで会社を辞めれば誰にも迷惑がかからないかな?なんて考えていたんですよね。

でも、2年早めての退職となりました。
それは、ちょうど会社で耐えがたい事があったからです。
この出来事がおいらのリタイアを早めた一つの要因です。
あの時に何事も起こらなければ、58歳で退職したかどうかも微妙だったかも。
働くことは嫌いじゃ無かったですからね。
見えない何かに引っ張られた感じでしょうか。

リタイアが2年早まったことでの一番の不安は、やっぱり資金面のことでしたね。

なので、何度もシミュレーションをしました。
退職して路頭に迷うのだけは勘弁ですからね。

それでは、どんなシミュレーションをしたのか?
ご披露しましょうか。




シミュレーションの手助けになったのは、50歳の頃から付けていた家計簿です。

「バンコク暮らしのために、58歳までに3000万円貯めよう!」
そんな目標を立てました。
そのために、家計簿をつけて無駄遣いを止めることから始めました。

ゴルフを止めて、パチンコを止めて、タバコを止めて、最終的には車も処分。
何でもやり放題の放蕩生活から仙人のような暮らしに、180度転換しました。

結局、2年早くリタイアすることになって、目標の金額までは貯まりませんでしたが。(汗)

でも、おいらの生活費は毎月いくら必要なのか?
家計簿のおかげで、すでに明確になっていました。

不自由しない暮らしには、いくら必要なのか?
それを知ることが、とても重要なのです。

おいらの場合は、毎月25万円、年間300万円。
この金額を、目安としました。
将来のインフレ率とかを加味して、実際に使った金額よりもちょっと多めにしました。

あとは、年金額などの受給予定金額を加味して計算するだけです。

56歳~59歳
60歳~62歳(60歳から確定拠出年金と企業年金の受給)
63歳~64歳(63歳から老齢厚生年金の受給)
65歳~    (65歳から老齢基礎年金の受給)

こんな感じに区分して試算しました。
受給予定金額は年金定期便を参考にしてです。

そして・・・。

「リタイアを早めても、なんとかなりそうかな。」
そんな結論に至り、56歳でのリタイア決断です。

そして、リタイアしたら、あとは腹を括るだけ。

でも、まだすることがあります。
リタイア後もシミュレーションと違ってないか?
そのチェックです。

予想以上に試算の減りが早いと目も当てられませんからね。
今のところは順調に推移しているので、不安はかなり減少しました。



次に資産運用の話を少しだけ。


リタイアする前までは、資産運用にも一生懸命でした。
少しでも資産は増やしておきたいところですからね。

おいらが実際に手をかけたのは、FXと株式投資と投資信託です。
リーマンショックを経験したりして、浮き沈みの激しい時期でした。

今は、株はまだ若干保有していますが、FXからは一切手を引きました。
少しは稼がしてはもらいましたが、やっぱりリスクがありますからね。

今は、資産を増やすことより、資産を減らさないことを考えるようになりました。
だから、今はリスクの少ない投資しかしません。

キャンペーン狙いの国債の購入とかですね。
その方が精神的に気が楽です。

資産運用しながらのリタイア生活は、自信がある方以外は、おススメ出来ません。



最後に・・・。


お金、たくさん欲しいですよね~。(笑)

でも、おいらは今以上の贅沢な暮らしは望んでいません。
今の暮らしが継続できれば、それで充分なのです。

お金と同じくらい大切なものに気が付いたからね。

それは・・・。

日本とバンコクにいる友人たちです。
歳を取るにつれ、友人たちに助けられて生きているように思えてなりません。

彼らがいるから会社を辞めても寂しくなかったし、今の日本とバンコクの二重生活出来ているのも彼らのおかげ。
つくづくそう思う。

リタイアしての孤独、これはかなり辛いと思う。

だから、おいらは日本とバンコクを行ったり来たりするのです。
友人たちには感謝しかありません。



 

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2018年12月 3日 (月)

そう言いながらズルズルと働くんじゃないの?

昨日は、学生時代からの友人と食事をしてきました。
働いていた頃は、何年も会わないこともありましたが、リタイアしてからは日本に帰ってくるたびに毎度会うほどの仲です。

彼は、おいらと同い年の60歳独り身。
でも、まだリタイアしていません。
話を聞いてる限りは、仕事が楽しいわけでもなく、ずるずると働いている感じです。


以前は「60歳で会社を辞める!」って、ずっと言ってたんですけどね。
いざ60歳になってみると、中々踏ん切りがつかないようです。

どうもリタイア後の人生のイメージがつかめないみたい。
おいらみたいに海外生活に憧れを持っているわけでもないし、やりたいこともたいして無いようだしね。

う~ん、どうするんだろう?
「65歳まで働くの?」には、「それは無い!」って、言うんだけれど・・・。

「辞めるのは、62歳くらいかなあ?」だって。
でも、62歳になったらなったで、「あと1年」とか言いそう。

そのうち、会社も70歳まで働けるようになったら、そこまで働いてるんじゃないの?
なんかそんな気がする。

なんだかんだ言って、会社が、仕事が、好きなんだろうな~。

まあ、それも人生。
頑張って日本のために税金をたくさん払ってね。(^_-)-☆


 

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2018年4月 5日 (木)

銀行から勧められた投資信託なんだけど

預金口座を持っている三井住友銀行から電話がかかってきました。

要件は「保有中している投資信託の現状を説明したい」ってことと、「マイナンバーの登録をお願いしたい」ってこと。

保有している投資信託は、もう10年近くほったらかしにしているやつで、それなりに利益は出ています。
まあ、投資額は雀の涙ほどですが。

すでに状況は承知しているので、わざわざ聞きに行くことでもないんですが、こちらも暇だし
折角電話をかけてきてくれたんで、昨日に行ってきました。

保有している投資信託の話は、別に目新しいことは有りません。
すでに知っている内容でした。

だから、ほとんど雑談に終始です。

まあ、銀行からしてみれば、新たに投資をして欲しいもんだから、いろいろ話を振ってきますが、おいらはのらりくらりと、かわします。
そんな駆け引きは、嫌いじゃないです。(笑)

もちろん、魅力がある話であれば、乗らないことも無いんですけどね。

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三井住友銀行がおススメしてきた投資信託をひとつ紹介しましょうか。
それは、
「SMBC アムンディ プロテクトファンド 米ドルステップ 201803」って、商品です。

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この投資信託は限定商品なんだって。
「限定」って言葉に弱いおいらは、ちょっと前のめりに。(笑)


何が限定かと言うと、申込期間が2018年2月26日~2018年4月10日でFIXされていること。
申込期限が、残り少ない特別感?

それだけ?(笑)
何がおススメなの?

原資が100%保証されるんだって。
原資を減らしたくない人にとっては、リスクが限りなくゼロってことですね。

それと、運用がうまく行けば、プロテクト価格が上がっていくんだって。
だから「リスク無しでしょ!」って、ことらしい。

まあ、米ドル建てなんで、為替リスクはあるんですけどね。

ちょっと前のおいらなら、この話に乗っていたかもですが。(笑)

この商品の問題は、満期日が6年後ということ。
おいらが、もっと若ければ考えなくもないけど、今は6年も待ってられません。

死んじゃうかも知れないからね。
ってことで、お断りして帰ってきました。




最近、株取引を含めて、投資に興味が無くなってきたようです。
NISA枠も余してしまうほどです。

歳をとったせいかな?
独り身で、残す人がいないからだよね。

死んだ時に、葬式代と多少の御礼が残せれば、それでいい。
なんか、寂しいね~。(笑)

贅沢はいりません。
世間に迷惑をかけず、今の生活(日本とバンコクの二重生活)が、続けられるだけでいいのだ。

欲がどんどんなくなって行く。
若き日の、あのエネルギーはどこ行った?

「老いる」って、こういうことなのね。(笑)

 

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