想い

2024年2月29日 (木)

紙からデジタルに代わっても、写真は大切です

前回の記事で「秋田内陸縦貫鉄道」の「笑内駅(おかしないえき)」のエピソードについて、少し触れました。
約50年前に高校の同級生と行った思い出の場所でしたね。

でもそれは、「笑内駅」で撮った一枚の写真が手元に残っていたからで。
もし、あの写真が無かったら「笑内駅」のことは、完全に忘れていたと思います。

一枚の写真が「遠い昔の記憶を蘇がえらせてくれて、懐かしい思いを感じさせてくれた」ってことです。

「写真ばかり撮ってないで、自分の目に焼き付けて!」
そんなことを言う人もいますが、目に焼き付いているのは、せいぜい10年くらいじゃないかな?

50年前のことなんて、余程の事でない限り、ぼやっとした曖昧な記憶しか残っていませんから。( ´艸`)

だから、今さらですが「子供の頃に遊んだ場所や景色を、もっと写真に残しておけば良かった!」って、思っています。
でも、当時は、カメラ自体高価だったし、しかもカメラはフィルム式ですからね。
現像に金がかかるし、貧乏だった我が家では、到底無理なことでしたけどね。

高校生になり、自分で一眼レフのカメラを買って、あっちこっち写真を撮りには行ったけど、現像代を考えるとシャッターを押すのも真剣勝負でした。

アングル、シャッター速度、露出・・・それらを考えながら、写す一枚。
現像した写真が、思い描いた通りの出来だったら、それはそれは嬉しかったもんです。



その後、シャッターを気兼ねなく押せるようになったのは、デジタルカメラが普及してからですね。
お金を気にせず、バンバンシャッターを押すようになったけど、撮った写真を印刷することは、滅多になくなりました。

撮った写真は、いつまでも保存カードの中。
気が付いた時に、パソコンに取り込むぐらいだったかな?

そのうち写真を保存していたカードが壊れて読み込みできなくなり、結局、デジタル化になったのはいいけど、上手く使いこなせてはいませんでした。
まあ、写真熱も冷めてたしね。

だから、30代~40代の頃に写真は、ほとんど無し。
写真が無いと、あの頃は何してたっけ?です。( ´艸`)



そして、使っていたデジタルカメラも壊れ・・・。

写真撮影は、デジタルカメラからスマホカメラへ。

「クラウド」に保存すれば、容量をあまり気にせず写真を残せることを知り。
思い出を紛失する可能性も、かなり少なくなりました。

そして、このブログを始めることになり・・・。

今では、ブログを書くのに「グーグルフォト」に保存してある写真が、かなり役に立っています。

例えば・・・。

2月7日にバンコクに戻ってきて、それから何したっけ?
ほんの2~3週間前のこと、いや、昨日食べたものさえ、忘れる年頃ですからね。( ´艸`)
なかなか思い出せないんですわ。

でも、写真を見れば、記憶を呼び戻せるのです。

ちなみに、グーグルフォトに保存してある、2月7以降の写真は、こんな感じ↓

Screenshot_20240229100208

この写真の中から、ブログの記事に出来そうな写真が無いか?探します。
右下の写真が、バンコクの空港に到着し、イミグレに向う時に撮った写真です。

そして、それを記事にするとすると・・・。

2月7日、ジップエアでバンコクに無事到着↓
Dsc_0651_20240229192401
スワンナプーム空港は、イミグレまでが遠いんだよなぁ。

2月8日、バンコクの自宅からチャオプラヤ川を、パチリ↓
Dsc_0652_20240229192601
バンコクは、やっぱりいいわ。
暖かいしね。

そして昼飯、バンコクに戻って初のタイ飯です↓
Dsc_0657_20240229192701
やっぱり、タイ飯は旨いわ。

まあ、こんな感じですね。( ´艸`)



明日以降の記事も、グーグルフォトから選んだ写真を元に書いていくことになると思います。

でも、いくら写真を見ても、記事をどう組み立てていいか?
まったく思い浮かばないことも、度々あるんですよねぇ。

そんな時は、無理して書かずに、ブログはお休み。
その方が、頭もリフレッシュするしね。(^_-)-☆

ってことで、ブログを書くようになって、撮った写真を見直す機会が多くなりました。

・自宅にアルバムの中にある、昔の写真
・グーグルフォトの中にある、ここ数年の写真
・そして、このブログ

今ではどれも、おいらの大切な財産です。

いつかおいらが、日本とバンコクの二拠点暮らしが出来なくなり、ベッドに横たわる日が多くなったら・・・。

これらの写真やブログを見て、自分の人生を懐かしむことでしょう。

そして、「あ~、いい人生だったな」と。
そう振り返ることが出来るように、まだまだ新しい写真を撮りまくらねば。(^_-)-☆

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2024年1月 2日 (火)

神様、もう勘弁してください

昨日、あんな悲惨なことが起こったばかりなのに・・・。

今日も夕方に目を疑うようなニュースが飛び込んできました。

18時12分のニュース
羽田空港で日本航空の機体炎上↓
Dsc_0252_20240102211701
何が起こった?
もうテレビから目が離せなくなりました。

18時19分のニュース
”日本航空の機体と海保の機体衝突の可能性”情報↓
Dsc_0255
なんでそんなことになる?
乗客の安否が、気になります。

18時26分のニュース
炎上しているのは日本航空516便↓
Dsc_0256_20240102212201
新千歳空港16時発の国内線だそうです。




その後・・・。

乗客・乗員の379人のうち全員脱出できたと聞いて、少し安堵したものの。
海保機は、機長を除く5人が死亡したとのことで、やりきれない気持ちになりました。

しかも海保機は、能登に物資を運ぶ途中だったと・・・。

2024年に入ったとたん、なんで立て続けにこんなことが起こるの?
飛行機は年に何回も乗るので、他人事じゃないですよね。

神様、もうこれ以上は勘弁してください。
お願いです。

 

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2024年1月 1日 (月)

正月気分が吹っ飛んだ!

2024年、元旦

昨年は、バンコクでニューイヤーを迎えましたが、今年は、日本で過ごしています。

バンコクでの元旦は、正月気分はまったくありませんが。
日本の元旦は、朝から正月気分に浸りました。

テレビでダイヤモンド富士の中継を見て↓
Dsc_0237_20240101202401

昼にはバーミヤンでパーティーセットを買ってきて↓
Dsc_0241_20240101190101

兄家族と「明けましておめでとう」で乾杯して、賑やかな元旦を迎え。
浮かれ気分の正月だったんですが。



16時すぎに、大変なニュースが、飛び込んできました。

Dsc_0242_20240101211601

もう、正月どころじゃないですね。
各テレビ局は一斉に正月特番から地震のニュースに切り替わりました。

テレ東が、いち早く「出川哲郎の充電させてもらえませんか?」を放送し始めましたが、他のチャンネルは、21時になってちらほら正月番組に戻している状況でしょうか。
でも、テレビ画面には地震情報が常に表示されたままです。

Dsc_0247_20240101220901

これから、徐々に被害の状況が明らかになってくるでしょうけど。

辛いねぇ。



2024年は、良い年でありますように。
多くの人が、そう願ったはずなのに。

そんな願いは、正月早々に吹っ飛んでしまいました。


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2022年3月30日 (水)

3月30日は・・・。

今朝、目が覚めて・・・。

今日は、何日だっけ?
カレンダーを見たら、3月30日。

会社員時代は、3月31日が年度決済日。
でも、もうジタバタしてもしょうがない、3月30日。(笑)



ところで・・・。

3月30日になると、いつも思い出す歌がありまして。
つい口ずさんでしまう、歌。

♬ 3月30日の日曜日 パリの朝に燃えたいのちひとつ フランシーヌ ♬

そう、「フランシーヌの場合」です。

この曲がヒットしたのは、1969年。
おいらは、11歳。
まだ小学生でした。

あの頃は、この歌の意味することは、まったく理解していなかったんですけどね。
シンプルな歌詞と物悲しい旋律、耳に残りやすかったんでしょうね。

そして・・・。

1969年3月30日に、実際に起こったこと。
それを知ったのは、だいぶ先のことでした。

1969年3月30日の日曜日、パリの路上でフランシーヌ・ルコルト(当時30歳の女性)が、ビアフラの飢餓に抗議して焼身自殺した。
by wikipedia


フランシーヌも、ビアフラ戦争の犠牲者だね。

当時、おいらからすれば、遠い国の出来事だったし。
詳細を知る手段も、無かった・・・。



今、まさに歴史が繰り返されてる。
愚かな国の、愚かな指導者のせいで。

過去の教訓、何も学習出来てないじゃん!

国を守るため?
そんな見え透いた嘘で、侵略戦争をしかけた、あいつ。

人の命なんて、虫けらくらいにしか思ってないんじゃないの?

これ以上、犠牲者を出さないためにも、誰か、あいつを・・・。

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2021年12月 3日 (金)

タイで食ってこそのタイ飯

「タイは好きだけど、タイ飯はどうも・・・」そんな方も多くいらっしゃることと思います。
タイ飯って、辛い・酸っぱい・甘い・臭い が、極端ですよね。
和食みたいに、「素材の味を楽しむ」なんて、粋な感じは、まったくしません。(笑)

でも、なんだろう?
おいら、そんなタイ飯が大好きなんです。
もちろん、和食も好きですよ。

多分、子供のころから、贅沢な暮らし方をしていなかったから?なんて、思ったりもしてね。
口に入れられる物なら、なんでもいいみたいな。(笑)

ただ、別にひもじい思いをしてきたわけではないですよ。
両親の名誉のためにね。(笑)

元来の雑食系なのか?って言われるとそうでもなく・・・。
子供の頃は、ネギ系はダメだったし、ピーマンもダメだったし。
それがいつの間にか、克服されてるんですから、人間の舌なんて充てにならないよなぁ。(笑)

だから、今は、タイ飯がダメって人も、そのうち大好きになったりして・・・。
それって、有り得ることだよね。



そんな雑食系の、おいら。
この前ね、家の近くのショッピングセンター(イトーヨーカドー)で、こんな看板を発見↓
Dsc_0023

mango tree cafeとイトーヨーカドーのコラボ商品を販売してまして。
この企画、たまにやってるんです。

ガパオライス、カオマンガイ、マッサマンカレー、プーニンパッポンカレー、タイの汁なし辛麺、アジアンパッタイ、パクチーサラダ。
今回のラインナップは、こんな感じ。

一瞬、目を持っていかれるんですが、いつもはスルーすることが多いんです。
だって、やっぱりお高いんですもの。(笑)

タイで食べれば、200円くらいのものが、650円くらいだから。
そりゃ、いくらタイ飯好きでも、躊躇しちゃいますわ。(笑)

しかし、この前、ついに買ってしまいました。

だって、これだったから(笑)↓
Dsc_0024

マッサマンカレーが、売れ残りで、40%引き。
それでも、400円くらいするから、お高いんですけどね。(笑)

タイ飯、しばらく食ってないから、まあ、いいかっ!です。

ところが、横の棚を見たら、そこには、カオマンガイが。
ただ、カオマンガイには、30%引きのシール。

うわっ~、どうしよう。
悩むわ~。(笑)

以前のこの企画の時は、カオマンガイは無かったんじゃないかな?
初登場な気がする。

そして、しばし迷って、購入したのが、これ↓
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30%引きのカオマンガイ。

カレーも好きだけど、カオマンガイも好き。
結局、その日の気分は、10%高くても、カオマンガイに軍配です。

早速、中を↓
Dsc_0025

ん?
ちょっとイメージは違ったかな?

チキンは、皮なしなんだね。
まあ、おいら、皮の部分は、あまり得意じゃないので、いいでしょう。
ナムチムは、もっと黒いのが好き。
赤い野菜と、緑の野菜は・・・普通は、キュウリじゃね?です。
それと、一番気になったのが、ライス。
タイ米ではあるんですが、鶏スープで炊いてはないよね?
と、思ってふと包装紙を見ると、「ジャスミンライス」って書いてあるわ。

包装紙に書いてる通り、レンジで1分チンして、ナムチムをかけた図↓
Dsc_0026

まあ、これはこれで、美味しくいただきましたけどね。
おいら、雑食系ですから。(笑)

でも、やっぱりタイ飯は、タイで。
それに尽きます。

あ~、早くバンコクで、こんなカオマンガイ食べたいわ。↓
Img_20200201_125700_20211203100401

皮が苦手なおいらでも、これだったら、ペロリです。
しかも、鶏スープで炊いた米が、また旨いんだなぁ。

これが150円で食べられるんだから、日本でのタイ飯は、もうちょっと我慢した方がいいね。

来月には、バンコクに戻れるかな?
オミクロン次第なんだよなぁ。

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2021年11月29日 (月)

洗脳成功か?

先週の木曜日のこと、四国・九州に一緒に行った友人と昼食を共にしました。
もう1ヶ月にもなるんですね。

会ったのは、毎度のバーミヤン。
バーミヤンは、ドリンクバーが充実してるんで好きなんですよね。
いつも2時間くらい、滞在してしまいます。

食事は、日替わりランチ。
木曜は、これ↓
Dsc_0009

チキンのトマト煮だったかな?
美味しく頂戴しました。



そして、友人と話をしていて、ちょっと驚いたことがありまして・・・。

友人、11月28日~12月1日の4日間、一人で旅行に行くんだとか。(今日は、旅行の真っただ中だね。)
行き先は、北海道の函館。
大人の休日倶楽部を使ってだそうです。

なので今回は、電車旅ですね。

方法は、東京から青森は、新幹線。
青森から函館は、フェリーだそうです。

それで・・・。

新幹線の中での過ごし方の話になったんですね。

駅弁食べて、小説を読んだり、音楽を聴いたり、車窓から外を眺めたり・・・。
まあ、そんなところだよね。

ここでおいら、ピンっと閃きました。
もう一度、「村下孝蔵」を洗脳するチャンスかと。(笑)

洗脳、一度失敗してますからね。

詳しくは、ここを。

おいら「車窓からぼ~っと、風景を眺めてる時に、ぴったりの曲があるんだけど」そう切り出しまして。

村下孝蔵の
♬この国に生まれてよかった♬と♬夕焼けの町♬
抒情的な、この2曲を大推薦です。

そうしたらね。
あっと驚く為五郎!(若い人は、知らない? 汗)

友人、あれから(九州旅行)村下孝蔵を聴きだしたんだって。
「お前が、あんなに言うもんだから、ちょっと聴いてみたら、中々いいかも・・・」とかなんとか。

”友人とは、感性が違うようだ!”
なんて、勝手に決めつけちゃって、ゴメン。
友人、おいらと友達になるだけの感性は、ちゃんと持ち合わせていたようです。(笑)

今回の旅から戻って、友人から村下孝蔵の話を持ち出してきたら、洗脳、大成功・・・だね。(笑)
そうなったら、おいらも、天国の村下孝蔵も、どっちも報われるってもんです。



もし、今回の洗脳大作戦が、上手く行ったら・・・。

次は、タイ友を洗脳してみようかしら?

日本語のわからない、タイ友に、村下孝蔵の良さがどれだけ伝わるか?
大挑戦です。

メロディーラインと声質、勝負は、これだけ。
あっ!ギターテクもあったね。

まあ、英語がわからなくても、洋楽好きっていっぱいいるんだから、可能性はゼロではないよね。
タイ友とのドライブ中にかける曲は、ずっと村下孝蔵で・・・。

タイ友の反応が、楽しみです。

ちなみに、タイ友の好きな曲は、ジョンデンバーの「カントリーロード」。
なんか洗脳出来そうな予感が・・・。(笑)

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2021年11月21日 (日)

タイ友のローイクラトン

一昨日タイは、ローイクラトンでした。
タイのお祭りの中で、おいらが、一番好きなのがローイクラトンです。

だけど、2年続けて参加できず。(涙)
すべてコロナのせいだわ!!!!

2年前のローイクラトンは、コンドーの仲間たちとクラトン(灯篭)を、自作してチャオプラヤ川に流したんだよなぁ。
もう、遠い昔だわ。

その時の様子は、ここ



一昨日、タイ友に「ローイクラトン、おめでとう!」「今年は、どこで?」って、LINEメッセージ。

友人から、写真付きで返信がありました。
「今年は、ここで」だそうです。↓
Mecon

メコン川です。

タイ友、まだ故郷ウドンタニーにいて、バンコクに戻っていなかったみたい。
ただ、ウドンタニーにはメコン川に接していないので、ノーンカーイにいるんだね。
いいなぁ。

ノーンカーイでの、ローイクラトンは、どんな感じなのかな?

ちなみに、写真に見える対岸は、ラオス。
ラオスも行ったことないわ。

国境の県、ノンカーイ。
一度は、行って見たいね。



そして、夜になって。
再び、友人から写真付きでLINEメッセージが来まして。

川に流す前、クラトンにお祈りする、タイ友↓
Roi1_20211121095201

「就職出来ますように・・・」かな?

そして、クラトンを流します↓
Roi2_20211120181801

お祭り騒ぎなバンコクローイクラトンじゃなくて、静かなローイクラトンだったようです。
ロウソクに火が付いた、たくさんのクラトンが流れる様が、幻想的で圧巻なんですけどね。

クラトンがぽつんと一つは、ちょっと寂しいかも。

そう言えば、この川(メコン川)。
確か、陰暦11月の満月の夜(ローイクラトンの1ヶ月前)に、火の玉が上がる不思議な現象が起こるんだそうです。

タイ友、先月もここメコンにいまして、その現象を見てきたそうです。
で、その時の動画も送ってもらったんだけど、確かに、火の玉らしきものが上がる様子が映っていました。
ローイクラトンと同じく満月の夜ってのが、なんか神秘的だよね。

その現象、自分の目で見たくなるわ。



おいら、ローイクラトン発祥の地「スコータイ」で、イベントに参加したいと、常々思っています。

今年こそは・・・。
そう思ってたけど、結局、無理でした。

来年こそは、是非!
とは思っているけど、どうなるだろうね~?

メコンの火の玉現象も見てみたいし、来年の今ごろは、タイ北部周遊?
まあ、タイ友次第だね。
連れてってもらわないと、自分一人じゃ、行けそうもないからね。

一人じゃ、絶対に「面倒くさがり病」を発症しますから。(笑)
「面倒くさがり病」、この2年で、どんどん進行しているようです。

ある意味、コロナより怖いかも・・・です。

まあ、歳を取るって、そんなもんなんだろうなぁ。
日々実感です。

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2021年11月17日 (水)

今さらの「村下孝蔵」

ここ数年、特に若者のテレビ離れが、進んでいるらしい。
そして、映像媒体の主体は、NetflixやYouTubeに代わって・・・。

そりゃそうですよね。
テレビ、つまんないもんね。
若者じゃなくても、そう思うわ!

Tv_monku

おいら、昔はテレビっ子だったんですけどね。
今は、御多分に漏れずテレビより YouTube の視聴時間の方が、断然に長くなっています。

散歩中も、YouTubeで、音楽を聴くことが多いかな。
誰かが言ってたんですが、好きな音楽を聴きながら歩くと、疲労も少なく感じるんだそうです。

そこで、最近嵌まっているのが「村下孝蔵」。
たまたま YouTubeで、彼のいくつかの歌を知ったのが、きっかけです。

なぜか彼の歌は、心に沁みるんですよね~。

なんでだろう?
きっと、彼の使う美しい日本語の響きと、メロディーラインがマッチして、心地よさを生み出しているんだと思う。

極端かも知れませんが、彼の歌は、童謡に通ずるような気がしていましてね。
みなさん「ふるさと」って童謡を聴くと、なぜか郷愁を感じますよね?
思い浮かべるのは、それぞれの原風景でしょ?
原風景は、みんな違うはずだから、「ふるさと」を聴いて想像しているのは、似て非なる風景なんですよね。
でも、みんながその歌を聴いて、懐かしさを共感しているわけ。
面白いよね、他の人の想像している風景なんて、知る由もないのにね。

歌って、そういうもんで。

村下孝蔵の歌を聴いていると、その歌詞に自分の人生の”あれやこれや”を、つい重ね合わせて聴いてしまうのです。
それは、子供の頃の思い出だったり、青臭い青春時代の日々だったり、恋人との甘い時間だったり、切ない別れだったり・・・。
実際は、歌詞にあるようなドラマティックな経験なんて、ほとんどして無いんだけどね。
それでも似たような体験を思い出しては、美化して懐かしんでいるのだ。
彼の作った歌詞には、それだけ共感できる部分が多いってことかな?
まぁ、人生を振り返って懐かしむなんて、歳をとった証拠なんだけどね。(笑)

それと彼を語る上で外せないのが、超絶のギターテクニックでしょうか。
なにせアコースティックギターでベンチャーズを弾いちゃううんですからね。
それがすごいのなんのって。
YouTubeでも、そのテクニックを垣間見る映像が残っています。
ぜひ探してみてくださいね、必見ですよ。

それにしても、今ごろ村下孝蔵の才能に気付くなんて・・・。
今さらですよね。

遅すぎました!

だってもう ♪君はいない♬ んだから。
(「ロマンスカー」の歌詞の一節です)



彼のこと、少し調べてみました。
もちろん、wikipedia で、ですが。(笑)

1953年2月18日生まれ
おいらの、5歳先輩です。

プロデビューは、1979年とのこと。
26歳の時ですね。
結構、遅いデビューだったんだね。

1983年、5作目の「初恋」がヒット。
おいら、彼を知ったのは、この曲からでした。

翌年に、次作の「踊り子」を発表。
この曲には、カラオケでたいへんお世話になりました。
おいらの十八番です。(笑)

その後の彼は、体調の悪化もあって入退院を繰り返していたそうですが、たくさんの素晴らしい曲も残してくれました。
その曲の数は、毎日聴いても、中々追いつかないほどです。

そして、1999年6月20日
スタジオでコンサートのリハーサル中に倒れて、その4日後に逝去されたそうです。
脳梗塞だったようですね。
46歳の若さでした。
まだまだこれからって時に、無念だったろうなぁ。

今ご存命なら、68歳かぁ。
どんな曲を残してくれたのかなぁ?

考えれば考えるほど、無念です。

「天才は、早く逝く」かぁ。



ここ数年の俄かファンだけど、村下孝蔵の歌の虜になってしまった、おいら。

その良さを人に伝えたくなるのは、人間の性ってもんです。
だって、自分だけ知ってるんじゃ、勿体ないでしょ?(笑)

手始めに・・・。

先日の友人との旅行中、車の中で村下孝蔵の曲を、何曲か友人に聴いてもらいました。
友人を洗脳しようの企みです。(笑)

そうしたら・・・。

友人「なんか眠くなる曲だね」だってさ。(ガクッ!)
なんてこった!
車の運転中に、眠られたりしたら、たまったもんじゃないので、すぐにサザンに変更。

友人とは、どうも感性が、違うようです。(笑)

まぁ、村下孝蔵の曲は、どっちかと言うと、物悲しい感じの曲が多いからね。
眠たくなるのも、分からなくもないけど、ちゃんと歌詞を聴きなさいよ!だよね。(笑)

ただ、村下孝蔵の歌は、一人だけでひっそりと聴いた方が心に響くと思うんで、車の中でかけてしまったのは、おいらの失敗です。(笑)

でも、言っておきます。
一人でひっそり聴いたけど、やっぱりイマイチだったわ!って方は・・・。

一度じゃダメよ。
聴けば聴くほど、味が出てくるのが、村下孝蔵ですから!
彼の歌は、スルメみたいなもんなんです。(笑)
何度も何度も繰り返し聴くと、きっと嵌まりますから。

って、読者さんまで、洗脳しようとしてる?(笑)

それでも、ダメだった、人は・・・。
仕方ない、洗脳は諦めます。(笑)

まぁ、「村下孝蔵の歌、いいよね」って、共感してくれる人が一人でもいれば、ブログを書いた甲斐があるってもんです。

村下孝蔵のこと、こんなに書いたんだから、最低でも1曲は、無理やりでも聴いてもらいたいなぁ。(笑)
何がいいかな?

そうだ💡

村下孝蔵が「いい曲が出来た!これは絶対ヒットするはず!」そんなことを言ってた曲なんて、どうでしょう?
結局、ヒットはしなかったんですけどね。

その曲名は・・・「ロマンスカー」(YouTubeで、「村下孝蔵 ロマンスカー」で検索して聴いてね。)
高音部のファルセットが、たまらんのですよ。(笑)

おいら、ロマンスカーに乗って、海(江の島)にも山(箱根)にも、何度も行きましたよ。
但し、隣の席は・・・会社の連中でしたけどね。(残念!)
そんなつまらんことまで、思い出してしまうんだから、それが彼の歌の力です。

それと、彼の出棺の時に、この曲でお見送りしたそうです。
そんな話を聞いてしまったら、もう涙なしでは聞けないわ。

それにしても、YouTubeって、すごいよね。
20年以上も前の曲が、今でも鮮明に聴けるんだから。
しかも、無料だぜ。

テレビ、どんどん廃れていくはずだわ。

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2021年1月 4日 (月)

しばらく冬眠に入ります!

明けましておめでとうございます

みなさんは、どんなお正月でしたか?
今年は、外出自粛を強いられ、例年以上に自宅でのんびり過ごした人も、多かったんじゃないでしょうか?

おいらは・・・

元旦は、ニューイヤー駅伝
2日は、箱根駅伝往路
3日は、箱根駅伝復路

駅伝観戦を楽しんだ3日間でした

ただ、おいらは、箱根駅伝のコースの近くに住んでいましてね
例年なら、沿道で応援するんですが、今年は「沿道での応援は控えてください」って、テレビのテロップで流れていたので、テレビ観戦に終始です
それでも、テレビを見てると、沿道で応援してる人も多くいて、なんだかなぁ・・・です(笑)

それにしても、今年の箱根駅伝は、ドラマチックな展開でしたね~
往路は、優勝候補の青山学院がコケて、下馬評にも上がっていなかった創価大の優勝でビックリだし
復路も、てっきり創価大が総合優勝すると思ったら、最終10区で駒沢大が大逆転するし

くだらないドラマを見るよりも、よっぽど面白いわ!



ところで、タイの現状は?

やっぱりコロナの感染が拡大してるみたいですね
これからどうなっちゃうんだろうね?

心配だわ!

正月、ウドンタニーに戻っているタイ友からの、LINEは、これ↓
Taikion

ウドンタニーは、かなり寒い正月だったらしいです
20度を下回っただけで、寒い寒いって言ってるくらいだから、9度なんて、タイ人にとっては、氷点下の感覚でしょうか(笑)

「地球温暖化」なんて、盛んに言われていたけど、これじゃ「地球寒冷化」かもね(笑)



おいら、例年なら、1月中旬からバンコクに戻るところだけど、今は、まだ戻れそうにないし・・・
日本の寒い冬、何して過ごそうかな?

やる事が無くて、困ったなぁ(笑)

こんなに寒いなら、暖かくなるまで、しばらく冬眠するしかないかっ!

ってことで、おいら、これから冬眠に入ります
なので、しばらくブログもお休みさせていただきます

でも、たまに目を覚ますかもですが(笑)

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2020年12月31日 (木)

大晦日は無職記念日

2014年12月31日は、おいらが会社を辞めた日です
あの日からずっと無職
だから、大晦日は、おいらの無職記念日なのです

齢56の時でした

あれから、6年
貯金は、減るばかりだったけど、まあ、ほぼ望んでいた暮らし方が出来たので、総じて見れば、幸せな6年間だった思う

その6年間を、ざっと振り返ってみましょう



2015年 無職1年目 

まず、最初にしたのが、2度のバンコクお試し移住
1度目は、12月(前年)~1月にかけて、BTSアヌサワリーを最寄り駅とする、ホテルで
2度目は、3月~4月にかけて、BTSプロンポンを最寄り駅とする、コンドミニアムで

この2度のお試し移住をしたことで、バンコクで暮らすことへの不安が、解消されました
その時に、日本人がたくさん住んでいるプロンポンより、ちょっとローカルなアヌサワリーの方が、おいらにとっては、居心地が良いのがわかりました

4月からは、バンコクには行かずに、ハローワーク通い
多少なりとも、お金が入ってくると、安心!安心!
なにせ、この年の住民税と健康保険料が、大変なことになってましたから

そして、9月に1週間ほど、バンコクへ
11月から本格的にバンコク暮らしをするための、コンドー探しをするためです
で、決めたのがアヌサワリーより更にローカルな、BTSサパーンクワイを最寄り駅とする、コンドミニアムでした
本当は、アヌサワリーに住みたかったんだけど、ピンとくる物件を見つけられなかったからです

そして、11月から、本格的にバンコク暮らしを開始
リタイアメントビザ(NON-O)取得手続きに入り
並行してタイ語学校にも通い、バンコク暮らしをスタートさせたのでした

タイ滞在日数:105日

退職したばかりで、期待と不安が入り混じった複雑な心境の年でしが、ずっと念願だったバンコク暮らしを始められた、記念すべき年です



2016年 無職2年目 

この年から、本格的にバンコク暮らしを始めるはずだったんですが・・・

リタイアメントビザ(NON-O)を無事に取得できて、日本に戻ったのが、3月のこと
そして、4月か5月には、バンコクに戻る予定だったんですが、思いも寄らぬ事態にみまわれました

4月中旬 母、クモ膜下出血で倒れたのです
こうなると、もうバンコク暮らしどころではありません

入院、手術、そして介護の日々
とてつもなく辛い日々を過ごしてました

介護の合間をぬって、9月に、1週間ほど訪タイして、とんぼ返り

10月3日、母は、亡くなりました
すごく悲しいんだけど、どこかにホッとした気持ちも・・・
先の見えない不安から、解放されたような・・・そんな気持ちもあったかな

そして、11月下旬~12月下旬の、1ヶ月間の訪タイです

タイ滞在日数:109日

人生、順風満帆ばかりじゃないよ!
そう思い知らされた年でもありました



2017年 無職3年目 

実質的には、この年から、ようやくバンコク暮らしの始まりです
母の法事の兼ね合いとか、各種手続きのため、日本とバンコクを行ったり来たりの年になりました

1月中旬~3月中旬 バンコク
4月下旬~6月下旬 バンコク
7月下旬~9月初旬 バンコク
10月中旬~12月中旬 バンコク

行ったり来たりながらも、1年を通じてのサパーンクワイ暮らし
チャトチャックが近かったことも有り、ウィークエンドマーケットやチャトチャック公園など、入り浸ってましたね

タイ滞在日数:217日

会社を辞める時は、本格的なバンコク移住を視野に入れていたんですが・・・
行ったり来たりしているうちに、「こんな暮らし方も、快適じゃん!」それを実感した年でもありました

日本とバンコクの2重生活の土台になった年でしょうか



2018年 無職4年目

2重生活も安定期に入って、気持ち的にも余裕が生まれてきた感じでしょうか
働かなくなって4年ですが、仕事をしてたことなんか、すっかり忘れてしまったようです(笑)

1月中旬~3月中旬 バンコク
5月中旬~7月上旬 バンコク
8月下旬 バンコク
9月下旬~11月下旬 バンコク

3月、「毎月の家賃、勿体ないよね」タイ友と、そんな、話になりまして
タイ友、コンドミニアムを購入しようかな?が、引っ越しの始まりです

4月、おいらが日本にいる時に、タイ友から、ラマ3にコンドミニアムを購入するとの報告を受け、引っ越し確定です

5月、サパーンクワイからラマ3に、お引っ越し
ラマ3って、ぜんぜん馴染みが無かったけど、サパーンクワイよりも、更にローカルで不便な場所でした(笑)

まさかBRTバスを利用する毎日になろうとは・・・です(笑)
Img_20180506_141908

8月下旬に10日間ほど、バンコクへ行ったのは・・・
姪っ子が、「タイに行きたい!」って言うもんでね
優しい叔父さんが、バンコクに連れて行ってあげたのでした

タイ滞在日数:190日

引っ越しによって、今まで知らなかったバンコクを垣間見られた年になりましたね



2019年 無職5年目

すっかり板についてきた感じの、日本とバンコクの2重生活
ラマ3暮らしにも、すっかり慣れた年でしょうか

1月中旬~3月中旬 バンコク
5月上旬~7月中旬 バンコク
9月上旬~11月中旬 バンコク

タイ滞在日数:199日

特に何も無かった年
「♪なんでもないようなことが、幸せだったと思う♪」そんな年でした

平々凡々な暮らし・・・
そんな日が長く続くと思っていたけれど・・・



2020年 無職6年目

ご存知の通り、まさかまさかの年でした 

1月中旬~3月中旬 バンコク
バンコク暮らしは、たったこれだけ(涙)

タイ滞在日数:57日

絶望!



そして、明日からは・・・

2021年 無職7年目

タイ滞在日数が、57日より少ないなんてこと無いよね?
大丈夫だよね?

先が見えない、真っ暗闇な世の中

辛い!

希望の光が、見えてくるといいんだけど・・・

それでは、みなさん、良いお年を(@^^)/~~~

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