会社員生活

2024年1月 1日 (月)

10年ぶりの忘年会(当日編)

前回記事のつづきです

元勤務先の同僚達の忘年会に、10年ぶりに参加することになった、おいら。

12月22日、当日を迎えて・・・。

忘年会は、新宿歌舞伎町の台湾料理店で18時スタートです。
こう指定されたら、みなさんは何時に現地に行きますか?

・5分~10分くらい前?
・ちょうど、18時?
・少し遅れて、10分後くらい?

傍からみれば、そんなんで悩む必要ないじゃん!
でしょうが。

なにせ10年ぶりに会う人たちで。
しかも、おいらが主役(たぶん)。

とりあえず、大きく遅刻することは避けないと・・・。

ってことで、17時45分に新宿駅に到着しました。
この時間なら、どうにでも調整出来ますからね。

新宿歌舞伎町↓
Dsc_0229

写真の正面に見えるのが、新宿東宝ビル。
このビルの周辺は、今は「トー横キッズ」とかで、若者がタムロする場所で有名ですが。

おいらの新宿勤務時代は、「新宿コマ劇場」が有った場所。
会社の連中と「バックトゥーザフューチャー」を見に行ったことを、思い出しました。

もう遠い昔のことですね。( ´艸`)



話を「忘年会の場所に何時に行ったらいい?」に、戻して。

おいら、会社員時代は、約束時間の5分くらい前に到着することを、常に心がけていました。
遅れることは、絶対ダメ。
それだけで、信用を無くすことがありますからね。

ただ、今回は、おいらが主役(たぶん)。

ちょっと遅れるくらいが、良いんじゃないかと?
だって、主役が早く到着して、みんなを出迎えることになったら、なんか変でしょ?

だから、5~10分くらい遅れて到着するつもりでいたのです。
なので新宿駅から、のんびり歩いてたんですが、18時ちょうどにお店の前に到着してしまいました。

もう少しだけ、時間をつぶそうか?
でもそれも面倒だし、忘年会スタート時間ピッタリに店のドアを開けたのでした。
ピッタリって言うのも「時間調整してたでしょ?」って、思われがちですけどね。( ´艸`)

店の中には、すでに懐かしい顔が勢揃いです。

みんな、遅れないように来てくれたんだね。
以前だったら、仕事のせいにしてパラパラと集まるのが当たり前だったのに。(*-ω-)ウンウン♪



今回、集まってくれたのは、おいらを含めて7人でした。

全員が、元同僚や元部下ですが、年齢は、50歳代が二人、60歳代が四人。
みんな歳とったねぇ。

そういうおいらも、すでに65歳だから。
10年の歳月を、実感です。

最初は、敬語を使ったりして、ちょっとぎこちなかったけど。

酒が進むにつれ、10年前の関係に戻りました。
(おいらは、ウーロン茶だけど ( ´艸`))

まるで、昨日のことのように、10年以上前の話が出来るんですからね。
38年間の会社員生活に比べたら、元同僚たちとの10年のブランクなんて、たいしたこと無かったようです。

話題は、多岐にわたり・・・。

最初こそ、タイのことを聞かれたけど。
そのうち、この10年間に会社で起こったことを、いろいろ聞かされました。

誰と誰がくっついたとか、離れたとか。
そんなどうでもいい話から。

誰が病気になったとか、誰が亡くなったとか。
そんな悲しい話もあり。

10年の歳月は、やっぱり長かったようです。

そんな中で、おいらが一番驚いたのが・・・。

元同僚が、子会社の社長になってました!!!!👏👏👏
(この元同僚こそが、今回、おいらに連絡してきた人物です)

前から「出来るやつ」とは、思ってたけど、まさか社長まで昇りつめるとは。
それにはもう、ビックリ仰天です。

ただ、残念なことも聞かされて。
その元同僚ですが、数年前に首の手術をしたそうで、その後遺症か?それからは歩くのが不自由になってしまったそうです。
だから、当時好きだったゴルフも、今は、出来ないんだとか。

いろいろあったんだね、この10年で。



そんな10年ぶりの忘年会。
久しぶりに楽しい時間を過ごすことが出来ました。

今度、バンコクに遊びに来てね。
最後にそんな挨拶をして、3時間に渡った忘年会もお開きとなりました。

そして、新宿駅に歩き始めたところで、元同僚に呼び止められ。
なんと、タクシーを呼んでくれてたのです。

電車で帰るから・・・。

そう言って、一度は断ったものの、どうしてもということで、お言葉に甘えることにしました。

さすが、社長!
太っ腹だねぇ。( ´艸`)

それにしても、長年に渡り不義理してきたのに、暖かく迎い入れてくれて感謝しかありません。
おいら、幸せもんですわ。


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2023年12月30日 (土)

10年ぶりの忘年会(経緯編)

おいらが会社を退職した日は、2014年12月31日。
56歳の時でした。

明日の大晦日が、9年目の退職記念日です。
よくもまあ働きもせずに、9年も生き延びれたもんです。( ´艸`)

退職してからは、会社の関係者とはずっと一線を画していました。
どっちかというと、円満退職では無かったのでね。

なので、会社の関係者から年賀状が来ても、一切無視。
電話の連絡も、まったくありませんでした。

会社とは、そんな絶縁状態のまま、9年が経過したわけです。

なのに、先般、会社関係者の忘年会に、ひょんなことから参加することになってしまったのです。
まずは、そのいきさつから、お話ししましょう。



遡ること10月25日、夜9時頃だったでしょうか。
スマホから呼び出し音が鳴り、そこに表示された名前は、年下の元同僚でした。

なんだろう?
誰か不幸でもあったかな?

その元同僚とは、当時、一緒に旅行やゴルフをする仲だったので電話に出てみました。

元同僚「元気でしたか?今、仲間と飲み会の最中で、○○さん(おいらのこと)の話題になったので、連絡してみました」
おいら「おっ、懐かしいねぇ、誰がそこにいるの?」
元同僚「電話変わりますね」

そして、代わる代わる元同僚や元部下の5人と話をして。

最後には、久しぶりに会いたいですね?
そんな話をいただいたんですが・・・。

電話を貰ったのが、タイ友が来日する前日のことでして。

おいら「明日からタイ人の友達が日本に来るので、そのアテンドで忙しいのと、11月中旬には、おいらがバンコク戻る予定なので、しばらくは会えそうにないわ」
元同僚「バンコクから戻って来るのは、いつ頃ですか?」
おいら「12月20日に戻って来る予定です」
元同僚「それなら、忘年会でもどうですか?」
おいら「12月20日以降なら、たぶん大丈夫だと思う」
元同僚「わかりました。12月20日以降でセッティングするので、よろしくお願いします。」

こんな会話で、電話を切ったのでした。

おいらが日本にいる時に電話があったから良かったものの、もし、バンコクにいたら日本の電話番号では通じないんですよね。
元同僚、グッドタイミングでの連絡でした。



次に、連絡があったのは、11月15日でした。
今度は、電話では無くSMSでです。

元同僚「先日は突然の電話で失礼しました。みんな懐かしがってましたよ。ところで、12月22日の金曜日は空いてますか?」

11月15日は、おいらが、バンコクに戻る日です。
東京駅から成田空港に向かっている最中のSMSでした。

おいら「12月22日なら、たぶん大丈夫です。ちなみに、今日の夕方の便でバンコクに向うので、このSMSは使えなくなると思う。バンコク滞在中は、LINEで連絡ください」
元同僚「LINE、繋がっているのかわからなかったので、SMSにしました。○○さん(おいらのこと)の方で、LINE登録してあれば送ってみてください」

それで、成田空港に向かうバスの中では、元同僚とどうすればLINEで繋がれるのか?ずっと調べてました。
元同僚のアイコンは残っていたので、会社員時代は、多分、繋がってたと思うんだけど、なにせ9年前のことですからね。

はたして、今でも繋がるのか?
でも、どうもうまく出来ません。

LINE、よくわからんです。( ゚Д゚)

これ以上は、もう面倒だったんで。

おいら「LINE調べたけど、よくわからないので、12月20日以降に連絡ください。22日は、とりあえず予定しておきます」
元同僚「了解です、では12月20日以降に連絡します」

そんなことで、SMSのやり取りは、終了したんですが・・・。

LINE、繋がれそうで繋がれない。
そんなモヤモヤした状態だったので、成田空港に到着してからも、ずっとLINEの設定方法を調べたり、いろいろ弄ってました。

そうしたら、急に繋がったのです。
どこをどう弄ったかは定かじゃないんですけどね。

とりあえず、LINEで繋がれて良かったです。
バンコクへの出発間際、ギリギリのタイミングでした。



12月12日、元同僚からそのLINEで、連絡がありました。
忘年会の日程と場所が、正式に決まったようで、そのお知らせでした。

場所は、新宿歌舞伎町の台湾料理店。
時間は、18時からだそうです。

おいら「場所と時間は、了解。ところで、何人くらい集まるのかな?」
元同僚「7、8人かな」
おいら「ありがとう。でも、そんなに集まるのかぁ、ちょっと恥ずい」
元同僚「大丈夫!かつての○○さん(おいらのこと)の弟子たちですから!」
おいら「会社を辞めてすでに9年、どうせ興味本位の見世物になるのは、わかっているからね」
元同僚「そんなことないですよ、みんなお会いできるのを楽しみにしてますから」

そんなやり取りをした後に・・・。

おいら、急に現実的なことを考えてました。
タイのお土産、買って行かないとマズいかな?って。( ´艸`)

でも、おいら、今回はバックパックだけで日本に帰る予定だし。
バックパックの重量も7キロまでに抑えないと、追加料金かかるしね。

どうしよう?

それで、その結論は・・・。

この記事の中でも書いた通り↓
「ジップエアのモバイルチェックインの使い勝手は?」

スワンナプーム空港の制限エリア内で、出来るだけ安くて軽いお菓子を購入したのでした。( ´艸`)

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中身は、これ↓
Dsc_0228-1

こんなんでも、全部で750バーツしましたが。
ビッグCとかロータスだったら、半額くらいで買える気がする。( ´艸`)



ってことで、10月に元同僚から急に連絡があって。
それから何回かやり取りして、10年ぶりに忘年会に出席することになったってわけ。

あれ?
退職して9年じゃ無かった?

はい、退職してからは9年だけど、退職した年末は逃げるようにバンコクに来てしまいましたからね。
忘年会、参加してないんです。

だから「10年ぶりの忘年会」なのです。

それで、忘年会の様子ですが・・・。

それは、次回の記事で。

つづく

 

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2017年12月19日 (火)

忘年会に呼ばれた理由がわかった

会社を辞めて3年、初めて忘年会に誘われたことを先日記事にしました。

その記事は、ここ。

その忘年会に、昨晩参加してきました。

場所は、元会社の近くの和食屋さん。
会社員時代は、何度も通った勝手知ったる場所。
美味しいし、安いし、結構気に入ってはいたんですが、いかんせん会社に近いもんで、ずっと避けていました。

一番気になるのは、誰が参加するんだろうか?ってこと。
やっぱり会いたくない人はいます。
(そいつらも参加してたら嫌だな~。)これは、おいらの心の声。(汗)


でも、参加してたらしてたで、仕方ない。
うまく立ち回るしかない!覚悟はしてました。

まあ、事前情報では、参加者は10人程度って聞いているので、有志の集まりだと思ってはいますけどね。

開始時間は19時から。
こういう時って、みなさんは何時くらいに行きますか?

時間に遅れないように、早めに行く。
ちょうど19時に行く。
会が始まってから、少し遅れて行く。

必ず遅れて来る人っていますよね。
「みんなに注目されたい!」・・・そんな人に多いようです。

おいら、たいていの場合は10分くらい前には、その場所に到着するようにはしてるんですが、昨晩は正直迷いました。
なぜか早く行くことに躊躇しました。

早く行く=楽しみにしていた
「そう思われても嫌だな~」の微妙な心理です。(笑)


結局、5分遅れくらいで到着するようにしました。
なんでこんな姑息なことを考えねばならないのか?
自分でも不思議なんですよね。

たった3年しか経ってないけど、なんか緊張するな~。

 

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そんなわけで、定時の5分遅れで、忘年会の場に到着。
すでに、みんな揃っていました。

「久しぶりです。」
そう言いながら、参加者を見回します。
そこにはあるのは、懐かしい顔ばかり。
おいらが、会いたくない人は参加しておらず、ちょっと安心。


でも、部署の集まりでも無いし、退職者も数人いるし、転職者もいる。
男女も半々くらいいるし、いったいどんな基準でメンバーを集めたんだろうか?
その辺は、ちょっと不思議。

まずは、乾杯。
幹事が挨拶して、ようやくこの忘年会の趣旨がわかりました。

それは、送別会を兼ねているってこと。

おいらの部下だった人が、今度退職することになったらしい。
その人の送別会を兼ねての忘年会でした。

その人は、12月末日で65歳になるそうです。
雇用契約満了での退職です。
おいらよりは、年上なんですが、彼は中途入社だったのでしばらくは、おいらの部下で働いてくれた人です。

今回の忘年会(送別会)は、退職するその人の人選だとか。
その人が会いたい人。
そこに、おいらが入っていたというわけ。
なんか、ありがたいね~。

送別会ってわかっていたら、なんかプレゼントを準備してったのに。
おいらが、持っていったのは・・・。

これ↓
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みんなに「ヤードム」だけ。(汗)
送別会だって、聞いていなかったんだから、しょうがないよね。

まあ、こんなんでも話は盛り上がるもんで・・・。

で、退職後はどうするの?
おいらが、聞きたかったのは、そのこと。

「しばらくは、のんびりしようと思ってるけど・・・。」
そう言いながらも、働くことにまだ未練はありそう。
まだ元気だしね。

定年退職後も、まだ働いている人もたくさんいて・・・。
みんな働くことが好きなのね~。

おいらみたいに「もう働きたく無い!」は、どうやら特殊なようです。(汗)

もちろん、すでに働くことを止めて、老後を謳歌している人もいましたよ。
おいら、そういう人とは話が合います。
「老後をどう楽しむか?それって大事ですよね~。」って。(笑)

その人は、来月に夫婦で、タイ⇒ラオス⇒カンボジアを1ヶ月かけて旅行をするんだとか。
夫婦で元気なうちに行こうって決めたんだって。
こういうのは、いいね~。

だから、いろいろ聞かれました。

「どこか、おススメの場所はありますか?」には・・・。
ぱっと頭に浮かんだのが、スコータイのライトアップされた遺跡公園。

↓こんな写真を見せながら、熱く語っておきました。(笑)

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今回の忘年会(送別会)参加者の平均年齢は、50代半ばくらいでしょうか。

それぞれの近況や、今の会社の状態、昔話や今後のこと、病気のことや介護のことなど、多岐にわたり話に花が咲きました。

それでも、話題が中心になるのは、やっぱり老後のこと。
やりたいことはあるのか?ずっと働き続けるのか?

まだ道に迷っている方もたくさんいるようで・・・。
そんなこんなで、あっという間の2時間半。

楽しいひとときでした。



そして、忘年会もお開きとなり・・・。

さて、帰るとするか?
と、思いきや。

2次会に誘われました。(笑)

2次会は、とくに仲の良かった、4人で。
現役1名、転職して1名、定年退職して再就職した1名、そしておいらの4名です。

今は、みんなそれぞれ違う道を歩んでいるけど、一度は同じ釜の飯を食った仲間たち。
この位の人数で飲むのは楽しいね~。
気を使わなくていいしね。


終電の時間まで飲んで、騒いで、2次会もお開きとなりました。

そう言えば、終電に乗ることも久しぶり。

会社を辞めてから、電車に乗ることも少なくなったし、まして終電なんて乗ってない。

終電は相変わらずの混雑ぶりでした。
そんな終電は、人いきれに辟易です。
会社員時代は、よくもまあ、こんな満員電車に乗ってたな~。


世の中変わっているようで、何も変わっていないんだ!
そんなことを想いながら、家路についたのでした。

今年ももうすぐ終わりです。

 

 

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2017年11月27日 (月)

忘年会、今年は参加するしかないかな?

このブログを立ち上げたのが、2014年9月28日のこと。
おいら56歳の時です。

社内の人間関係で、いろいろあって「会社を辞めたい!」って思いが強くなっていた時でもありました。
心の拠り所を、ブログに託したってわけです。

前勤務先は58歳になると役職が外れる「役職定年」という制度があって、「その役職定年を機に会社を辞めよう。」って、ずっと考えていたはずなのに・・・。

役職定年での退職であれば、「会社には迷惑がかからないはず」そんな思いがあったし、「いつかはバンコクで暮らす」
そんな夢を叶えるのも、タイミングとしてちょうど良い時期なのかなと思っていた。

でも、実際に会社を辞めたのは2014年12月31日。
ブログを立ち上げて、わずか3ヶ月という早業です。(笑)


まあ、ブログを立ち上げたときは、すでに精神的におかしくなってたかな?
上司との関係、部下との関係、顧客との関係・・・。
すべてにギクシャクしていたように思う。

自暴自棄になって、すべて投げ出したくなってしまったんだよね。
しかも少しでも早く。

そんなことをすれば、会社に迷惑がかかることは重々承知していたんだけど、あの時はもう耐えられなかった。

そんな辞め方をしてしまったので、会社内の誰もがおいらのことを快く思っていなかったはずです。
なので、一部の友人を除いては前勤務先との関係をすべて断ちました。

会社のOB会にも入らず、年賀状も出さず、フェイスブックの友達申請もすべて無視。

おいらとのコンタクトは、昔から使ってるメールアドレスしか出来なくしてしまいました。
メールなら返信しようがしまいがこちらの判断で出来ますからね。

そんな社会人としてあるまじき行為をして辞めてしまった会社。
もう繋がることは無いと思っていたんだけど・・・。


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あれから約3年。
先日、前勤務先の同僚から、メールが届いた。

忘年会への参加依頼だ。
しかも、「都合の良い日を教えて欲しい・・・。」って言うメール。
日程ありきでは無く、おいらの都合ありきなのだ。

日程が決まっていれば、「その日は、ちょっと・・・」とか、適当に胡麻化して参加しない手もあるんだけど、「おいらの都合に合わせる」って言われちゃね~。
参加しないわけにはいかないかな~?

会社を辞めると決めた2014年12月は、バンコクに来ていたので、もちろん不参加。
って言うより、誘いも無かったかも。

翌年2015年12月も、誘いは無かった。
まあ、その年もおいらバンコクにいたから、誘いがあっても断っていたけどね。

去年2016年12月は、母が亡くなったばかりだったので、喪中のため不参加。
母が亡くなったことは、一部の人には知らせていたので、もちろん誘いはなかった。

だから、2014年~2016年の3年間は、前勤務先の忘年会には参加していない。
もう完全に忘れ去られた存在だと思っていたのにね。

そして先日、頂いたメールにこう返信した。
「12月12日には日本に帰る予定、それ以降だったら大丈夫だと思う。」

会社を裏切り、仲間を裏切って突然会社を辞めたおいら、今更、どの面下げて忘年会に参加したらいいんだろう?
そして、ちょっと困惑している。

きっと、おいらが「バンコクでどんな暮らしをしているのか?」興味津々なんだと思うけど・・・。
こうなりゃ、猿回しの猿になってやろうか。

今は、そんな気持ち。

どうやら三十
数年勤めた会社との縁は、断ち切れなさそうです。
もう会社には何の未練もないんだけどね。

人との繋がり・・・厄介だけど、意外と欲しているのか?
自分の気持ちすら良くわからないや。
難しいねえ~。

 

 

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2015年5月20日 (水)

思えば叶う!

自分が50歳になった頃(約7年前)、漠然とですがバンコクへの移住を考えるようになりました。
その頃はまだ定年退職後のプランであって、定年前に会社を辞めてまで移住を考えていたわけではありません。

それから何度もバンコク旅行を繰り返すうちに、だんだんと「バンコクで暮らしたい!」との思いが強くなっていくわけですが、最後まで自分を悩ませていたのが
「定年という呪縛」でした。

50を過ぎて、一度も転職せずにいると、当然会社への愛着もあるし、定年まで働くのが当たり前の考えになっていました。
仕事なんて適当にやっていれば、それなりの収入も貰えるわけですから、敢えてそれを捨てるのは「あまりにもったいない」という思いもありましたしね。
「会社=自分の人生」そのものでした。

定年までの残り期間が5~6年くらいになった頃、自分の人生を今一度、真剣に考えるようになりました。
きっかけは「バンコクで暮らしたい!」の思いがより強くなってきたわけですが・・・。
今までの勤務期間を考えたら、残りは少ないです。
でも、自分の人生の残り時間を考えたら、この5~6年はとても貴重な期間なんじゃないかな・・・?
そんな思いが交錯していました。

その頃は、かつて自分の上司だった人たちが、定年を迎え「退職か?」「嘱託で会社に残るか?」の選択で悩んでいるのを多く見かけるようになった時でもあります。


どちらかというと、嘱託で会社に残る人の方が圧倒的に多いんですが、嘱託になると今までの地位に居られるわけでもなく、組織上では今までの部下と上下関係が逆転するわけです。 

バリバリと率先して陣頭指揮を取ってた人が、急に覇気が無くなっているように見えていました。
それがいつも寂しさを感じさせるんですよね。

結局「仕事人間の末路なんて、こんなもんか!」と・・・。


そんな姿を見てしまうと、自分にとって「定年」なんて、何の意味も持たなくなりました。
「定年まで働くというのは、ただの自己満足でしかないんだ!」とね。


そう考えたら簡単に
「定年という呪縛」解けました。

そうなると、あとは会社員生活の終焉を、いつ迎えるか・・・?」を考えるだけですが、何かしらのタイミングは必要でした。
「年度の切り替え」や「ボーナス時期」などですね。


そんなことを考えるようになったら、勝手にタイミングは降りてきましたけどね。www
自分の場合は「組織改正」がそのタイミングでした。
「思えば叶う!」ってことでしょうか・・・。w

最近、良く考えます。
人生のレールって、初めから引かれていて、自分はそれにただ乗っかているだけじゃないかと・・・。

そもそも「海外で暮らす」なんてこと、若い頃はこれっぽっちも考えていなかったわけで、人生なんて、どう転ぶかわからないです。
だから面白いのかも知れませんが・・・。


おそらく人生における最後の興味は「人生の終焉は、いつ、どのように迎えるんだろう・・・?」ということになるんじゃないかな。
それをも、どう終わりたいのかを、ちゃんとイメージしておけば、その通りになるんじゃないかと思っています。
「思えば叶う!」っていうことを信じてね・・・。

でも「宝くじを当てたい」とか「お金持ちになりたい」とかの邪心がある思いは、いくら思っても、めったに叶いませんけどね。
悪しからず・・・。www

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2014年12月31日 (水)

さよなら会社員生活

本日を以て会社員生活とはさよならです。

そう、今日が退職日です。

だから今日だけはブログタイトルを記事タイトルにさせて下さい。

何故ならば、この日のためにブログを立ち上げたのだから・・・。


会社を辞める決心をしてブログを書き始めたのが、今年の9月のことでした。

まだ3カ月しか経っていません。

「自分の気持ちに正直に生きたい。」という思いを実現するには、何らかのキッカケが必要で、頭の中で描いているだけでは中々整理が出来ませんでした。

そのキッカケをブログに頼ったわけです。

2015年の7月を目途に「会社を辞める」という計画から始まったわけですが、不思議なものでブログを書き始めたら自分の気持ちを整理するのに、そんなに時間は必要ありませんでした。

一気にことが運び、自分でも少し驚いています。


「さよなら」は苦手です。

今回は「会社との別れ」ですが「家族との別れ」や「友人との別れ」etc・・・。

「さよなら」を言わなければならない日は必ず来るわけです。

早かれ遅かれね。

それが、自分の意思であろうが無かろうが・・・。

しかも、突発的であったり計画的であったり・・・。

別れは悲しみや怒りの負の感情が伴うケースが多いですよね・・・だから苦手です。

面と向って「さよなら」は言いたくない。

だって、目の前で泣かれたりしたら寂しさが倍増してしまうから・・・。


でも「さよなら」があれば「こんにちは」もある。

新たな出会いがある。

未来に目を向けることでポジティブな気持ちになれる。

何も悲観することなどない。

未来に起こり得ることなど、誰にもわからないわけだから・・・。

不安が無いわけではない。でも、その不安をエネルギーに変えることも出来る。

不安があるから面白いのかもしれない。

それが「生きている証」だから・・・。

誰かが言っていた。

「生きているだけで、まる儲け!」と・・・。

そう、何とかなるさ・ケセラセラ・マイペンライです。

一度きりの人生、たっぷりと楽しまなきゃ。

明日から、いよいよ「無職生活」の始まりです。

「こんにちは無職生活」にでもタイトルを変えようか?www

無職というネガティブなイメージを払拭するためにもね。

今年は退職する上で、みなさんのブログ記事やコメント、そして直接のメッセージに多大な力と勇気を貰いました。みなさんに感謝です。


そして、ありがとうございました。


2014年12月 9日 (火)

退職に向けて最終手続きが完了しました

以前、この記事で、退職の最終最終手続き日が12月8日になる旨を記しましたが、人事担当の都合で12月9日に変更となり、本日午前中に本社に出向き最終手続きをしてきました。

久しぶりにスーツを着て、ネクタイを締めて、満員電車に乗ってきましたよ。

「よくもまぁ~、30数年間も通勤したな~!よく頑張った!」って、自分を褒めてあげたくなりました。

退職日は12月31日付けですが、12月12日より1ヶ月ほどバンコクに行く予定を立ててしまった関係で、こちらかのお願いで早めに手続きしていただきました。

手続きと言っても、預かっていたものを返却したのと、会社からは、いくつかの書類に署名押印するだけでしたので、手続きに要した時間は20分ほどで完了です。

本来、会社からは、年金手帳、雇用保険被保険者証、退職証明書 などが、返却されるんですが、僕の方が12日からバンコクに行くこともあり、退職後にもまだ送付いただく書類があるらしいので、1月になったらすべて一緒に送付していただくようにお願いしたため、持ちかえりの書類は一切ありませんでした。

退職手続きで悩んでいたDB年金(企業年金)の受領方法については、60歳時点で一時金として受け取ることにしました。

60歳までは会社が2.5%で運用してくれるので、今貰うよりも75万円ほど多くなります。

今貰って自分で運用することも考えましたが、2.5%以上の運用は自信がないので会社に任せることにしました。

そんなわけで、60歳からはDB年金(企業年金)とDC年金(確定拠出年金)が貰える予定ですので、60歳以降、厚生年金および老齢年金を受領するまでは、それで食いつなげそうです。

60歳までは、あと数年ありますが、来年は雇用保険も貰えるので、金銭面においては今までの暮らし方を変えなければなんとかなりそうです。

これからのインフレ状況や年金受領額の減額などは、ある程度覚悟しなければなりませんが、自分の場合は何とか逃げ切れそうです。(若い人はちょっと大変ですね。この国はどうなって行くんだろう?)

手続き後は、ひととおり顔見知りを見つけては、退職の挨拶をしてきましたが、何か照れくさかったですね。何人かからは「顔色がいいですね!」なんて言われたりして・・・。

犬猿の仲だった上司にも、ちゃんと挨拶だけはして来ましたよ。大人の対応でね。www

手続きが完了したので、これで安心してバンコクに行って来ます。

今までは1週間程度の旅行でしたが、今回は約1ヶ月間です。

新たな発見があるかどうかわかりませんが、今までとは違った視点でバンコクを見てくるつもりです。

もうすぐ第2の人生のスタートです。

2014年12月 5日 (金)

素晴らしき仲間たちよ、ありがとう。

昨晩は、今までと別グループが送別会を開いてくれました。送別会としては3回目です。

今回のメンバーは、長年の会社員生活において最も親しくしていただいた方たちで、会社の業績が良い時も悪い時も、切磋琢磨してお互い成長してきた、自分にとっては大切な友人たちです。

場所は高級中華料理店でした。

自分が下戸なことを知っているメンバーなので、料理中心の場所を選択してくれたようです。

彼らとは、数年前まで月1回はゴルフをしたり、年に1回は慰安旅行に行ったりと、仕事以外でもたくさんの思い出をつくってきました。

だから会話も多岐にわたり、いろいろな方面に脱線しながらも、楽しいひと時を過せました。

最近では、みんなで旅行に行くことも無くなりましたが、同じ釜の飯を食った同士です。

時には仕事上で口論になったこともありますが、それも「会社を良くしたい」との共通した思いがあったからで、今では何もかもが笑い話として、語り合える、そんな仲間たちです。

それでも退職することは誰にも相談しなかったので、そのことに関しては非難轟々です。

(事前に相談したら「まだ、辞めるな!」って言うでしょ、あなたたちは・・・。www)


「水臭い!!」


って、冗談半分に責められましたが、自分がバンコクに頻繁に行くようになって、自分の生き方も話していたので、いずれこの日が来ることは、みんな分かっていました。

「ありがとう。みんながいたから、これまでやってこれたんだよ。」

口に出して言いたかったんですが、言葉には出来ませんでした。

なんか、照れくさくてね・・・。

でも、本心です。

あの頃は楽しかったし、その楽しみがあったから、辛い仕事も楽しく思えた。

今は、楽しみの矛先がバンコクに移住することに変わり、楽しさを求めて自分は舵を切った。

人間って、いつまでたっても楽しいことを欲しているんですね・・・。

人生なんて、ただそれだけです。

最近は、それぞれの部署で重要な役割を担い忙しい方たちなので、一同に集まることは少なくなりましたが、久しぶりに自分のために集まってくれて、本当に感謝です。

自分は会社を去りますが、彼らのことだから、いつかバンコクまで遊びにきて、また昔話に花を咲かす日が来ることでしょう。

2014年12月 3日 (水)

いきなり「退職します」と言ったら・・・。

精神的に不安定な状態になりました。


現在の話ではありません。

実は会社に退職の申入れをしたのは、今回で2度目です。

1度目の退職話、それは昨年の6月でした。

自分にとって不本意な組織改正、不本意な処遇に対する反発でした。

上司から内示を受けて一晩考えましたが、自分の気持ちを整理することが出来ず、内示の翌日に退職する旨を申入れました。

その時すでにバンコクの移住を視野には入れていましたので、良いタイミングかもしれないと判断しました。

ただ、移住については漠然と考えていただけで、具体的には3年後くらいをイメージしていた頃です。

そんな状況で、いきなり「退職します」と言ってしまったわけですが・・・。

それからが、大変でした。

周りの反応が自分の想定よりも、あまりに大きすぎたのです。

数日間にわたり、いろいろな方から慰留を受け、その結果、不眠症になり言葉では表せないほどの不安感に襲われるようになっていました。

「どれだけスッキリするだろう?」って考えていたのに、それどころか、精神のバランスが崩れてしまうとは・・・。

このままでは、メンタルの病気になる・・・。


そんな気持ちになるなんて、考えられないことでした。

その後、紆余曲折がありましたが、結果として会社に残る決断をしました。

退職のタイミングって簡単ではないです。

どれだけ会社と仕事のことが嫌いになれるか?

嫌いになれないと、いつまでも気持ちが揺れることになってしまいます。

【結論】

今回の退職話と1度目の退職話では何が違ったのか?

1.会社に愛着があった⇒愛着が無くなった

2.やってる仕事は嫌いではなかった⇒今やってる仕事は嫌いだ

3.会社に行くことが苦では無かった⇒会社に行くことが苦になった

4.たった2日で退職する結論を出した⇒3ヶ月ほど考えた

5.退職後の生活設計は立てていなかった⇒充分にシミュレーションをした

違いは、こんなところでしょうか。

退職を考えてる皆さんは、自分みたいな愚かな決断は下さないと思いますが、上記5項目に当てはまると、精神的ダメージを受ける可能性がありますので、ご注意を・・・。

あっ!あと家族の理解も重要ですね。

現在は、すでにこのブログで披露しているように、とても晴れやかな心境です。不安や後悔も一切なく今に至っていますので、グッドタイミングだったと思っています。

2014年11月30日 (日)

辞めて良かったんだ・・・でも、ごめん。

昨日は最近まで一緒に仕事をしていた仲間たちが送別会を開いてくれた。

仕事をしなくなって1ヶ月あまり。

つい最近までしていた仕事だけに、現状がどうなっているのか?

無責任に途中で放り投げてしまった身だけど気にはなっていた。

案の定、クレーマー化した顧客には振り回されているようだ。

なんか送別会まで開いてもらって申し訳ない気がする。

普通だったら、「途中で逃げ出しやがって・・・」って、反感を買うはずだから・・・。

クレーム対応って、誰もがやりたい仕事ではないですよね。

みんなが遣り甲斐をもって仕事が出来る環境にするためには、どうしたらいいのか?

うるさいと思われようが、その方法は自分なりに上層部には提案してきた。

改善したかった・・・。

でも、何を言っても変わらなかった。

さすがに、我慢できなくなって、辞める決断をした。

メンタルケアは事が起こってからでは遅すぎる・・・その前にやるべきことがあるはずだ。

会社は、辞めていく人間の「ただの戯言」としか、捉えなかったかもしれないが、最後っ屁で真剣に訴えたつもりだ・・・。

辞めたくても辞められない人たちがいるわけだから・・・。

今更、自分が熱くなってもしょうがないのに、つい最近まで一緒に仕事をしてきた部下の話を聞いているうちに、また腹がたってしまった。

そして、自分だけ逃げだして、ごめん。

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