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2019年10月 2日 (水)

3年前のこと

明日10月3日は、3年前に亡くなった母の命日です。

3年も経っているのに、あの日のことは今でも鮮明に覚えています。
ブログの記事に残してたから余計に覚えているのかも?

ブログを読み返してみると、記憶がどんどん蘇って・・・。



溯ること3年前。
2016年10月3日の早朝。

和室の部屋には、おいらと介護ベッドに横たわる母さんと二人だけ。
母さんは、意識は朦朧としているが、呼吸は荒く苦しそう。
懸命に生きようとしているのがわかる。

おいらは、何も出来ずにその姿をただ見守るだけ。

そこには、医者もいないし看護士もいない。
在宅介護を選択した時、覚悟は出来ていたつもりだけど、ちょっと心細かった。
母さんが、もうすぐ息絶えてしまうことが、容易に想像できたからだ。

その時のおいらの気持ちは・・・。

「もう少し、がんばってくれ!」っていう気持ちと、「もういいよ、早く楽になってくれ!」っていう気持ちが、複雑に絡み合っていたように思う。


そして・・・。

母さんの、苦しそうで荒い呼吸が、止まった。

死んだ?

そう思った数秒後、息をふきかえす。

呼吸が止まったり復活したり。
それを何度か繰り返すのだ。

人の生命力ってすごいなぁ。
おいら、何故か冷静だった。


そして・・・。

「うっ!」と言う唸り声をあげて、また呼吸が止まった。
数十秒待ってみたものの、こんどは息を吹きかえすことは無かった。

母さんの人生が、終わった。

それは、おいらが、人の死と初めて向き合った瞬間でもあった。


その時、おいらは、ドラマのように大声で泣き叫ぶでもなく、不思議と涙も出なかった。

それより、これからどうすればいいんだ?
そっちの方が気になっていた。

とりあえず、事前に言われていた通り、医師に連絡しなきゃ。
それと兄にも。

兄より先に、すぐに医師がかけつけてくれた。
そして、母さんの状態を確認。

死亡が宣告された。


そして医師がおいらに・・・。

「よく頑張りましたね」と、声をかけてくれた。

その言葉で、急に涙があふれでた。
「ありがとうございます。」その言葉を発するのが精一杯。
あとは言葉が出ない。

おいら、母さんが闘病中
人前では、ずっと気丈に振舞ってきた。
人前では、ずっと涙を見せることは無かった。
でも、ついに堪えきれなかったのだ。

ただそれは、母さんが亡くなったことの悲しみの涙というわけでもなく、安堵の涙でもなかったような気がする。

病院を退院させられ、自宅介護に切り替えたこと。
そのことが、おいらの心にずっと重くのしかかっていたのだ。

結局、自宅介護を初めてたった2週間で、母さんを逝かせてしまった。
自宅介護は、おいらのエゴだったんじゃないか?
もっと病院にいさせてあげられれば、母さんは苦しまなくて済んだんじゃないか?

そんな想いがずっと有ったので、医師の一言で報われたような気がしたのだ。



あれから3年。
今思えば、とてつもなく辛い在宅介護をした2週間でした。

母さんは何も食べられ無かったけど、ちゃんと食事を用意して。
慣れないオムツ替えをして。
一生懸命に話しかけても、昔の母さんには戻らないもどかしさ。

そして、なんといっても在宅介護に入って、日々弱弱しくなっていく母さんの姿をみつづけるのが辛かった。
無理言って病院にいさせてもらった方が良かったんじゃないかな?
そんな葛藤もあってね。

母さんの本当の気持ちはどうだったのかな?
「最後は自宅で死にたい」一般的には良く聞く言葉だけど、それって本当なんだろうか?
母さんからは、一度も「最後は自宅で」なんて聞いたことなかったし。

最後は病院にいた方が、安心だったんじゃないのかな?
息子に介護をされるって、イヤじゃ無かったのかな?

それをずっと引きずってる。
今さら答えなんて出ないのにね。

じゃ、おいらはどう?
どちらかいうと病院で看護師さんに世話になって死にたいかな。

なんなの、その矛盾!
天国の母さんに、突っ込まれそうですが。(笑)

それにしても、3年なんて、あっという間。
過去のことより、そろそろ自分自身の心配をしないといけないかも。

おいらもそんなお年頃です。

明日は、お墓参りには行けないけど、バンコクから手を合わせます。

 


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コメント

本当に時が経つのは早いものですね。
お母様はご自宅で我が子のそばで息を引き取られて本望だったと、私はそう思いますよ。
家の母なんかも話していると、出来れば最後は自宅でと考えているのが何となく解りますから。
家は本家で大家族だったので数人の旅立ちを経験しましたが、半分ぐらいは病院でしたけどね。
医師から「よく頑張りましたね」と言われたら、きっと私も泣いてしまう事でしょう。

でも自分の時はどうなのかと考えると。
我々は独身だし、oininさんと同じく病院も良いなと思いますね。
私は入院した経験からもそう思います。
入れ替わり立ち代わり若い看護師さん達がお世話してくれるのは、なかなか良い気分でしたよ。
特に最初の3日間のICUに居る時は、本当に寝たきりだったので至れり尽くせりでした。
病院も悪くないなあと思ったりしました。

>ユーサンさん
本当はどうしたかったのか?元気なうちに聞ければ良かったんですけどね。
入院して手術後は、もう普通じゃなくなっちゃったもんで、聞けずじまいでした。
残された者が良かれと思って決断するわけですが、中々判断が難しいです。
それでも、医者の言葉に救われた思いです。
配偶者も子供もいない独り身では、病院で看護婦さんにお世話になるのが一番いいですよね。
何か用があればブザーを押せば来てくれますしね。
私は未だかつて入院をしたことが無いので、よくわからないんですが、母の入院を見てそう思いました。

こんばんは、
私も独身なので、最期は病院で看護師さんにお世話になると思います。
姪が私の老後の世話をしてくれると言っていますが、迷惑を掛けたくないので・・・。
ところでバンコクの大気汚染が悪化しているようですね!
外出時は気を付けてくださいね!

>セントレアさん
こんばんは。
独り身の最期は、やっぱり病院がいいですよね。
ただ病院って病気を治すところだから、何もすることが無くなると退院させられちゃうんですよね。
私の母がそうでした。
だから一旦は特養に入るとかしないといけないかもです。
どっちにしても、いろいろ考えちゃいますね。
バンコクの大気汚染、最近確かにちょっと気になります。
今からこれだと、乾季が思いやられます。

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