その時、母に何が起こったか?(1)
クモ膜下出血で倒れ、カテーテル手術を行い、あとは回復待ちと思った矢先に肺炎を併発してしまった母。
いまだ入院中ですが、とりあえず生命の危機は脱したようには見えます。
でもまだだ、自分や家族の名前を思い出せなかったり、意味不明な言葉を発したりと、どうやらボケてしまったようです。
倒れる前は、すべてにおいて自立していたので、ひとつの病気が人生を大きく変えてしまうのを目の当たりにしているところです。
ボケについては、手術のショックなどで一時的に起こる「せん妄」と、アルツハイマー型の「認知症」などがあるようで、「せん妄」であれば元に戻る可能性もあるとのこと。
今の段階では、まだ「神のみぞ知る」状況ですので、こちらは「神頼み」しか出来ません。
「生きていてくれるだけで、嬉しい!」って言う人もいますが、過去の思い出までも失くしてしまうようで、やっぱり複雑な想いです。
■
自分の気持ちもだいぶ落ち着いてきたので、そろそろ事の発端を書き留めておきます。
「お袋の様子がおかしい・・・。」
兄から連絡を受けたのが、4月16日(土)の夜間のこと。
すぐさま駆け付けたところ、ベットの下に横たわる母の姿が・・・。
声をかけて見ると、朦朧としていますが意識はあります。
「病院に行くか?」兄の問いかけには、「行く!」と、答えたそうです。
滅多に「病院に行く」なんて言わない母でしたので、今回は今までに経験したことの無い異常を感じとっていたのでしょう。
それなら夜間であろうと、病院へ連れて行かざるおえません。
母が苦しんでいるわけですからね。
まずは119に電話して、夜間対応の病院を教えてもらいました。
この時点では、救急車を呼ぶのでは無く、家族で病院へ連れていくつもりだったんです。
なぜなら、それほど重篤な病気では無いと、勝手に判断していたからです。
その勝手な判断に至らしめたのは、前日の夕方に起こったことが理由です。
4月15日(夕刻)、母は激しい嘔吐と下痢を発症です。
こんな症状で、まず素人が考えるのが「食あたり」。
「何か変なものを食べたんじゃないの?」・・・です。
母に聞くと「腐った牛乳を飲んだ!」だってさ。
これで、嘔吐と下痢の症状は「食あたり」で確信。
そりゃ~、腐った牛乳を飲めば、嘔吐や下痢にもなりますからね。
市販の薬でも飲ませておけば、治るだろう・・・。
その時は、まだそんな気軽な気持ちでした。
案の定、翌日には朝食も昼食も自分で作って食べていましたからね。
「もう大丈夫だろう・・・。」
念のために「病院に行く?」と聞いたら、その時は「行かない!」の返答でした。
元気になったと思っていたのに、それからも嘔吐は続きます。
夜間になって母が「病院に行きたい!」と言った時も、こちらは、まだ「食あたり」と思っていました。
夜間に、どうやって病院へ連れて行くか?
「食あたり」で、救急車を手配するのは、ちょっと気がひけたので、自家用車で病院に連れて行くつもりだったんです。
しかし・・・。
ベットの下にもぐりこんで、ぐったりしている母。
体重(70キロ超)が重すぎて、うまく動かせません。
それに嘔吐と失禁もあり、自分たちでは手に負えない状態だったので、「救急車を呼ぼう!」に、すぐさま変更です。
119に再電話してから10分ほどで救急車の到着です。
救急隊員に失禁で汚れた下着の交換などを手伝ってもらい救急病院へ。
救急車へは兄が付き添いで同乗し、自分は実家で留守番です。
自分、まだ救急車へは乗ったことが無かったので「乗りたかったな~」。
なんて、不謹慎なことを考えていました。
その時は、生死にかかわる病いだとは、まだ思っていませんでしたからね。
そう、こちらが考えていたのは、「食あたり」です。w
そんな、お気楽な気持ちが一変したのは、医師からの話しを聞いてからです。
「食あたり」の診断が出るはずが、「クモ膜下出血の疑いがあります。」
え~~!!!
そんなバカな!
ただの食あたりじゃないの?
なんてたって、腐った牛乳を飲んだんだから・・・。
そんな、こちらの勝手な思いとは関係なく、脳のCTスキャン画像を見せられ「白く写っている、この辺りがね~。血が漏れている可能性がありますね~。」
こちとら、そんな画像を見せられても、良くわかりません。
でも、この時点では、あくまで「クモ膜下出血の疑い。」
出血があったとしても、CT画像では判断が難しいほどの少量らしい。
クモ膜下出血が起こると、強烈な頭痛の症状とか、意識不明とかになるのは、拙い知識では理解していましたが、母は意識もあったし、頭痛も訴えていなかったから、この時点ではまだその診断を疑っていました。
母の症状は「嘔吐」と「下痢」でしたから。w
「専門医の話しを再度聞きに来てください。」とのことで、母を病院に残し、早朝の4時頃に一旦帰宅。
再度病院に訪問したのが午前10時。
そこで、勝手に判断した一縷の望み「食あたり」は、無残にも打ち砕かれてしまいました。
そして、思いもよらぬ「クモ膜下出血」と言う病と向き合うことに・・・。
この宣告によって「母の死」を覚悟した瞬間でもありました。
病は突然に・・・。
そしてそれは、母のみならず家族の生活にも大きな影響を及ぼすことになります。
今考えると、あの時に自分たちで病院に連れて行かずに、救急車を呼んで良かったと思っています。
診断結果が「クモ膜下出血」でしたから、もし自分たちで車に乗せていたらと思うとゾッとします。
出血をもっとひどくさせていたかも知れませんからね。
書いててちょっと疲れてきました。
楽しい話では無いからかな?
折角書き始めたので、続きは後日に書きます。
‐
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>ぶりおさん
おはようございます。
母の容態は、「3歩進んで2歩下がる・・・。」そんな感じでしょうか。
それでも少しずつ、良くなっているようには感じています。
義理のお母様の件、一安心ですね。
近くにいないと、連絡が取れなくなると、当然心配になりますよね。
「子の心親しらず」と言ったところでしょうか・・・。
投稿: oinin | 2016年5月23日 (月) 08時47分
おはようございます
お母様のご体調如何でしょうか?
私の義母と連絡が取れました
携帯電話を車に入れっぱなしで仕事(遠いので宿泊しながら)に行ってたみたいです
こちらは一安心、妻も安心というか怒ってましたw
義母とは8月に会う約束をしてお互いに元気で頑張りましょうということに!
タイって警察もまともに動かない時多いから事件は怖いです
投稿: ぶりお | 2016年5月23日 (月) 08時07分
>ぶりおさん
こんにちは。そうですね、あの時母が病院には行かないって言ったら、ご臨終だったかも知れません。
まだまだ大変なのは間違いないですが、トンチンカンながらも話しが出来る状態にまで回復してくれたので、良かったです。
奥さんのお母様の件、心配ですね。
何事も無ければいいんですが・・・。
投稿: oinin | 2016年5月19日 (木) 21時55分
こんにちは
大変ですよね
ただその中でもお母さんが病院に行くと言ってくれたのが幸いですね
早い回復を祈念しております
話はかわりますが、私の妻(タイ人)のお母さんが音信不通になって6日目…
タイじゃ警察もあてにならないし…(>_<)
毎日連絡してたのが、いきなり…
投稿: ぶりお | 2016年5月19日 (木) 14時56分