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2015年1月の22件の記事

2015年1月31日 (土)

退職後1ヶ月、今の心境は・・・。

今日で1月も終わりですね。

退職してちょうど1ヶ月が経過しました。

会社員時代と何が変わったかというと、当然「会社中心」から「自分中心」に変わったので、生活スタイルは激変したわけですが、一番顕著なのは「曜日の感覚が無くなってしまった」ことでしょうか・・・。

カレンダーを見ないと、今日は何日で何曜日なのかがすぐにわかりません。

会社員時代は毎日のように曜日を気にしていますよね。

「まだ水曜日、休みまであと2日か・・・。」とか「金曜日は会議だから準備しなきゃ・・・」とか。

「どれだけ時間に縛られていたんだ」って感じです。

今は曜日や時間よりも「天気」で自分の行動を決めています。

雨の日は出かけたくないので、1日中自宅でのんびり過ごします。

今日のように天気がいいと、ちょっと散歩でも・・・。です。

「毎日、贅沢な時間を過ごしているな~」と、今はそんな気持ちでいっぱいです。

自称会社人間だった自分が働かない生活をすると、どんな気持ちになるか?

働きたいという欲求が出てくるのか?

会社への想いがどの程度あるのか?

どんな結果が出るのか、自分でも楽しみでした。

結論から言うと、この1ヶ月はほとんど会社のことを思い出すことはありませんでした。

退職後でも「働いていた時の夢を見る」という話しを聞いたりしますが、自分の場合はまったくといっていいほど、ありません。逆に「こんなにも会社に対する想いが無いのか・・・」と驚いているくらいです。

おそらく年休消化中から退職日を跨いで約1ヶ月間バンコクに行っていたのが良かったと思っています。

退職に対する気持ちの整理を一気につけることが出来ましたからね。

もし、バンコクに行かずに「会社ありきの日常生活」から「会社に行かない日常生活」に移った場合、こんなにもうまく気持ちは切り替えられなかったかもしれません。

退職に限らず何かに迷って悩んだら日常生活から一旦離れてみるのがお勧めです。

それも日本語の通じない海外がいいでしょう。

自分はその場所にバンコクを選んだわけですが、悩んでいることを非日常の場で振り返ると、それは人生において「すごくちっぽけなもの」と、気付かされるはずです。

そして、これからの人生が見えてきたりしてね。

特に自分の場合はですが・・・。

2015年1月29日 (木)

雇用保険説明会

今日は雇用保険の説明会にハローワークまで行ってきました。

開始予定時間の30分前に着いてしまい、とりあえず指定された部屋に行くと、すでに20名くらいの人が席に着いていました。

入口で持参した書類を確認され「雇用保険受給者資格者証」をいただき着席です。

席は自由だということなので快適そうな窓側をゲット。

ちなみに、パイプイスが並んでいるだけで机はありませんでした。

説明会場は全部で120名が入れるように、イスがセットされていました。

最終的な参加者は80名程度(来る人数は把握しているはずですから、来ない人もいるんですね。その人たちはどうするんだろう?)で、若い人から定年を迎えたくらいの歳の方まで、いろいろな方が来ていました。でも、7割くらいが女性の方でした。


説明の内容は特に複雑なこともなく、事前に配られていた資料の内容説明がほとんどだったので、戸惑うこともありません。

説明の中で、求人倍率の話がありました。

全国で1.12倍だそうです・・・これなら、就職できそうですね。

ただ、事務職に限ると約0.2倍に激減だそうです・・・やっぱ事務は無理か。www

だとすると、説明会に多くの女性が来ていたのも頷けますね。

事務職は狭き門です。

やっぱり、手に職を持つのが最強ですね。

職業訓練校が流行るはずです・・・自分も新たな資格でもとっておくか。


気になっていた求職活動ですが、次回の第1回認定日(2/17)までには特に求職活動の必要はないとのことでした。

今日の説明会を受講したことを求職活動として記載するそうです。

だけど、自己都合退職の場合、第1回失業認定日では給付金は支給されません。

給付金を受給出来るのは第2回認定日(5/12)後になります。


自己退職者は3ヶ月の給付制限期間がありますので、自分の場合の給付対象起算日は4/26です。

就職できずに失業状態が続いた場合は、4/26から150日分が支給されるということです。

(この給付日数は、離職時の年齢等で決まります。)


第1回認定日(2/17)から第2回認定日(5/12)までには、3回以上の求職活動をしないと認定されません。

で、どんな求職活動をするのか?

求人への応募、職業相談、セミナーへの受講等、いろいろあります。

認定されるかどうかは、ハローワークの判断になりますので自分で判断しない方がいいです。

自分は海外で働くための就職セミナーなどがあれば参加してみようと思っています。


また、ハローワークの求人検索機で検索した場合、求職活動になるのか?

これは、ハローワークの担当から説明がありました。

検索しただけでは駄目ですが、検索したことを申告して担当からスタンプを貰えば認定されるそうです。

(この件はハローワークごとに違いもありそうなので、注意が必要ですね。)

次回の認定日に検索機を使ってみますね。

とりあえず、バンコクでの求人情報を調べてみます。


第2回認定日(5/12)から自分の給付可能日数150日を、4週間ごとに組み立てると最後の認定日が9/29になります。

もう夏も終わり、秋の気配が感じられる頃ですね。

今年もまた長い1年になりそうです。

2015年1月28日 (水)

TRASH ! ーこの街が輝く日までー

映画の話です。

この作品は、1月9日から公開されていた映画ですが、まったく予備知識なしで鑑賞してきました。

いや~、良かったですよ。

何が良かったって、約2時間、飽きずに観れましたから・・・。www

飽きずに観れるって、結構重要ですよ。途中で睡魔が襲ってくる映画も多いですからね。

冗談はさておき、謎解きあり、ハラハラドキドキ感あり、少しだけウルウルする部分もある映画です。

ブラジルのリオデジャネイロが舞台で、ごみの山で暮らす貧民の子供たちが主人公です。

そのごみの山から子供が財布を拾うところから、物語が進んでいきます。

その財布は、当然に訳ありなんですが、財布の中に現金と写真、鍵、カード、謎めいた暗号らしき数字が書かれた紙が・・・。

この後はネタバレもありますので、これから見る予定の方は読まない方がいいですよ。

Photo_3

ごみ山に警察が、この財布を探しにきます。

子供たちは、この財布に何か秘密があることを察っして、その秘密を知るためにどんどん深みに嵌っていきます。

警察官から暴力をふるわれたり、死に直面する事態に陥ったりと・・・。

腐敗した政治家や汚職まみれの警察官らと対峙する子供たち・・・。

危険な目に合いながらも、真実を探るのを止めようとしない子供たち・・・。

「何故そこまでするの?」の問いに・・・

「正しいことだから・・・。」って。

もう、いじらしくて、いじらしくて・・・。

・・・・・・・・。

ここまで書いてきて、あと何を書けばいいのか解らなくなってしまいました。

観ていない人からすれば、何のこっちゃ?ですよね。

文才がないので、映画の感想を書くのは、やっぱり難しいです。

とりあえず、「今日はこの映画を見ましたよ」ってことで、お許しください。

今年観た映画では、ナンバー1の映画でお勧めです。

って、今年はまだこれしか観てないか・・・。www

今年のナンバー1候補としておきましょう。

ただ、残念だったことが一つだけ・・・。

自分は、映画を見る時には英語の勉強を兼ねています。

字幕が無いとまだまだ判らないレベルですが、極力会話を聞き取るように努力しています。

ただ、この映画はポルトガル語が主だったのです。www


2015年1月27日 (火)

安定した生活を望むなら・・・。

何故、定年間近まで働くことが出来たのか?

ズバリ・・・「やりたいことが無かったから」なんです。

やりたいことが無いと、すべて現状で満足してしまうんですね。

仕事についても、給料についてもね。

それが、バンコクへの移住を考える前までの自分でした。

好き勝手に遊んでいながら、人並みの生活が出来て、自由きままに生きていたわけですからね。

もし、バンコクとの出会いが無かったら、おそらく60歳で定年を迎え、65歳まで同じ会社で働いて、その後は、悠々自適な生活をしていたでしょうね。

いわゆる「安定した生活」です。

「安定した生活」・・・なんて魅力的な言葉でしょう。

だから、安定した生活を望むなら、欲求(やりたいこと)を封印すればいいんです。


でも、欲求を封印するのは簡単ではないですよね。

欲求があれば、それを叶えようと行動したり、悩んだりします。

そして、自分なりに答えを出して前に進みます。正解かどうかはともかくとして・・・。

だって、それが人間だから・・・。

自分の場合、バンコクと出会って、バンコクへ移住したいという欲求が生まれて、仕事やカネの面と真剣に向き合って、いろいろ悩んだ結果、退職することを選択した。

目の前に見えていた安定した生活を捨ててね・・・。

「やりたいこと」が生まれたことによって人生が変わります。

それを封印し現状維持を選択するも、それを叶えようと行動に移すも、すべて自分の人生です。

「成功するかわからないけど挑戦した人生」と、「安定した生活のための欲求を封印した人生」。

果たして、どっちが幸せな一生だったでしょうか?

答えは、死ぬ直前までは出ないでしょうね。

でも、結果論ではなくて、その過程での幸福感の方が大切です。

欲求を封印するって、絶対に悔いが残るでしょうからね。

だから自分は「挑戦する人生」を選択したわけです。

ちょっと、大袈裟だったかな・・・?www

2015年1月26日 (月)

確定拠出年金の移換手続き・・・考え中

退職してから国民年金への加入やら、雇用保険の受給手続きやら、を優先順位を決めながら進めてきました。

初めての経験ですから、何もかもがわからないことだらけですが、何ら問題なく進んでいますので各手続きに関しては今のところ順調です。


それでも、ただ一つまだ手をつけていないものがあります。

それは「確定拠出年金の移換手続き」です。

「退職後6ヶ月以内に手続きしてください。」と言われていたので、頭の片隅にはあるものの手続きの優先順位としては後回しにしていたものです。

6ヶ月以内ですから、まだ時間もありますしね。

ざっくりと資料には目を通していたものの、パターンがたくさんあって、それを理解するのが面倒だったこともあって放っていました。

でも、いずれは手続きしなければいけないので、そろそろ真剣に取り組んでみるか・・・。


と、言うことで・・・。

まずは、JIS&T(確定拠出年金 記録関連運営管理機関)から送られてきていた資料の内容を確認です。

退職後の身の振り方によって手続き内容が違うので、まずは自分がどれに該当するかを見極めます。

自分の場合は今のところ働き先が決まっていないので第1号被保険者になります。

ですので、確定拠出年金の個人型に移換が必要ってなわけです。


ここで一つ目の悩みが・・・。

①今まで通り掛金を拠出していくか?

②運用指図者(掛金を拠出しない)になるか?

この選択をしなければなりません。

確定拠出年金は税制面において優遇されていますので、可能であれば今まで通り掛け金を拠出していく方が良いとは思います。

別で株式などを運用をしているわけですから、それを止めてでもこの確定拠出年金に掛金を拠出していく方がいいのか?

考えどころです。

でも、確定拠出年金は自由度がありません。

無職の身ではこれは厳しいので、自分はやはり運用指図者かな~。

なんて、今は思っています。


二つ目の悩みは・・・。

移換先を決めることです。

移換先を決めるポイントとしては、運用したい商品が明確な場合はその運用商品がある機関で選択すればいいのでしょうが、自分の場合は運用期間が残り3年ほどですので、あまりリスクをとるつもりはありません。極端な話、元本確保の定期預金でもいいと思っています。

定期預金であれば、どこの機関にもありますので悩みはないはずなんですが、調べてみると手数料に違いがあるんですね。

当初、「自分のメインバンクに移換すればいいや」って、軽く考えていたんですが、そこは他の機関と比べて手数料が高い。

この手数料、3年間無条件で支払うわけですから、少しでも安いところを選択した方が良さそうです。

金融機関によっては手数料ゼロのところもあるようなので、とりあえず資料を取り寄せた上で、最終決定するつもりです。


それにしても、この手続きいろいろ考える必要があって結構面倒です。

損得が絡みますので余計にそう思います。

もう少しわかり安い制度にして欲しいものです・・・。

2015年1月25日 (日)

車もリタイア

長年乗っていた愛車(ローバー)が壊れた。

先日、買物の帰りにドアウィンドウが自動で閉まらなくなり、寒空の中、窓を開け放しのまま帰宅。

もうボロ車だったので、次回に自動車税の納税時期には廃車にしようと考えていたので、あまりショックはないんですが、もう少し頑張ってもらいたかったな~。

「どうせ廃車にされるくらいなら、自分で壊れてやれ!」って言う最後の反乱でしょうか?www

それとも、ご主人様が会社をリタイアしたので、車自身もお役御免って感じ取ったのでしょうか?

はたまた「お前なんか早くバンコクに行ってしまえ!」って言うメッセージか?

修理に業者を頼む気はないので、ドアを分解して修理を試みるも、自分では手に負えずに自己修理も断念。

結局、廃車にすることにしました。

数年前までは自分がゴルフに凝っていたので大活躍してくれましたが、ゴルフを止めてからというもの、自宅周辺の買物程度に使用するくらいで使う頻度が極端に少なくなっていました。

会社を辞めてからは、その買物さえも健康を考え徒歩でいくことが多くなってきたりして、ほとんど出番も少なくなり、ちょっとご機嫌斜めだったんでしょうね。

この車、自動車税の割引対象は何もなく自動車税で毎年約5万円の出費。

自動車保険で年間2万円強かかるし、ガソリンもハイオク仕様で維持費にも結構負担が大きかったので、タイミングとしては良かったのかもしれません。

廃車を考えていたとしても、手放す時に問題なく動く状況では、その時に悩む可能性もありましたからね。

我が愛車、自ら身をひいてくれた・・・。そう思いたい。

そんなことを考えていたら、なんか切なくなってきた。

自分が大切にしていたもの・・・。

今は愛車の居ないガレージを眺めて、感傷に浸っているところです。

「今まで無事故で働いてくれてありがとう。」と・・・。

今まで車の無い生活をしたことがありませんが、日本では新しく車を買うつもりはありません。

今後、引きこもりに拍車がかかるかも知れません・・・。

2015年1月23日 (金)

最後の給料・・・なんか得した気分

本日、元勤務先から最後の給料が振り込まれました。

給料の計算は毎月15日締めの25日払いですので、12月31日に退職した自分の場合はてっきり12月16日から12月31日までの分を日割りで計算されるものと思っていました。

ですから今まで毎月貰っていた給料の半額程度だと・・・。

で、実際振り込まれていた金額は、今までと変わらない額が・・・?????

何かの間違い?

まぁ~間違いならば何か言ってくるだろうと思いながらも、気持ちがすっきりしないので会社に連絡してみました。

あとで、返せと言われても面倒ですからね。

結果は・・・。

自分が無知なだけでした。www

自分の場合は年棒制でボーナスを除く年間の総支給額が決まっていて、その支給額の1/12を毎月の給料として貰っていました。

その場合は会社を辞めた日がいつであろうと、給料は1ヶ月分貰えるとのことでした。

だから、12月31日の退職であっても12月16日から1月15日までの1ヶ月分が支払われたとのことです。

なんか、得した気分です。

もしそれを知っていたら12月16日に退職しても1ヶ月分貰えたってこと???

無知って恐ろしい・・・。

でも、知ってても、そんなセコイことはしませんけどね。

1月15日付け退職にしなかっただけでも良しとしましょう・・・。

これで、会社からの給料はおしまいです。

長い間お世話になりました。

2015年1月21日 (水)

バンコクでの生活費

バンコクに移住したら月いくらあれば生活出来ますか?

良く質問を受けます。

衣食住の費用は日本と比べればかなり安いことは、前に記事で書いたとおりですが、12月12日から1月9日までの28日間、「暮らす」をテーマにバンコクに滞在した結果の報告です。

結論から先に書きますが・・・日本での生活費とそんなに変わりませんでした。www

宿代と往復航空券の費用を除いて、28日間で使った金額が約2.6万バーツ、円換算すると9万円程度使っています。

今は円安ですので1バーツ約3.5円で計算しました。一時期の円高時では6.5万円程度ですので、為替動向に生活費も大きく左右されます。

そのうち、食費だけで6万円ほど使っています。今回は正月を挟みましたので出費が嵩みましたが、それでも月額5万円程度は見込む必要がありそうです。

ちゃんと自炊する人は、当然こんなにかからないと思いますが、自分の場合は全部外食ですので1日あたり2千円くらい食費に使ったことになりますね。

節約食生活なんてことを前に記事にしたのに全然駄目ですね。

タイで現地の人と食事する機会が増えると出費が増えます。

タイでは割り勘っていう感覚がないのか、カネを持っている人または年上の人が支払うケースが多いと聞きます。

それにならって自分もタイ人と食事する時は奢りましたので、これが食費が嵩んだ大きな理由です。

自分一人で食事する時は節約した食事でしたが、やはり日本食やシーフードを数人で食事をともにすると結構な出費になりますね。

それでも、付き合いを止めるわけにはいきません。

節約のためだけにバンコクに行くわけではなく充実した生活を送るためにバンコクを選んだわけですからね・・・。

これらの費用にプラスしてアパート代がかかります。

今回は様子見のため、自分はホテルに滞在しましたので約3万バーツほどかかってしまいましたが、月額1.5万バーツ程度のところには住みたいと思っています。

当然にそれ以下でも探せばいくらでもありますが、安くなればやはりそれなりです。

どうしても日本との生活と秤にかけることになります。

バンコクで生活することで生活の快適さが失われては、本末転倒になってしまいます。

だから、自分がある程度妥協できるところが1.5万バーツの部屋ということです。

ただ、慣れてくればもっと安くてもいいと思うかもしれません。

部屋はピンキリなんで選択が難しいですが、予算と相談して決める必要がありそうですね。

イメージとしては、部屋代は全予算の1/3程度に抑えた方がいいとのことです。

月額15万円で暮らす場合は部屋代は5万円くらい、月額10万円で暮らすなら3万円くらいという風にね・・・。

生活費2.5万バーツ+宿1.5万バーツ=4万バーツ(×3.5=14万円)

これくらいが、自分がバンコクで生活する上で必要な費用でしょうか。

年間で約170万円です。もう少し円高になればいいんですが、逆にもっと円安になった場合は、どんどん家計を圧迫することになりますね。

バーツへの両替タイミングにも注意が必要です。

それに加えて、自分の場合は日本でかかる費用も見込まなくてはなりません。

しばらく住民票も日本に置く必要がありますので、住民税も支払う必要がありますし、国民年金や健康保険料の支払い。それに、持っているマンションの管理費の支払いや親への仕送りもしなければいけないので、それを含めると月額20万円は必要資金になりますね。

最終的には月額15万円程度に抑えた生活が必要になると思っています。

日本との2重生活を断念すれば、それも可能になると思いますが、それも今しばらくの辛抱でしょう。

途中、どこかで働く必要が出てくるかもしれませんが、その時はその時、なるようになるです。

バンコクで働くことも視野に入れておく必要がありますが・・・。

そこまでしてもバンコクで暮らしたい。

なぜならば、日本での生活にはもう飽きてしまったからね。

2015年1月20日 (火)

初めてのハローワーク

本日、失業給付を受けるためにハローワークに行ってきました。

初めての体験です。

まずはハローワークの総合受付で持参した離職票1と2を確認してもらい、求職申込書の記載を促されました。

求職申込書には住所氏名等の他に、過去の就業履歴や持っている資格、どんな仕事をしたいのかを記入するわけですが、特に何も考えていなかったので、見本に書いてあった「営業事務」と書いておきました。

営業事務などやったことないのにね・・・。www

それと希望給与額(月額)を記入する欄には「40万円」とも・・・。

営業事務で40万円なんて出す会社はないよね。w

勤務希望地については「東京・神奈川・バンコク」と、しっかりバンコクも書いておきました。本当はバンコク一択なんですが、ちょっとだけ嘘を書いてしまいました。でも、事務職で月額40万円くれるところがあれば、働いてもいいか・・・。

あながち嘘でもないってことで、お許しください。

この求職申込書を記載して再度受付でチェックしてもらい、別の窓口を案内されて記載内容の確認です。

そこでは求職申込書の内容を聞かれました。

担当「営業事務が希望なんですか?」

自分「そうです。」

担当「資格をいくつか持っていますが、その資格に関連する仕事ではないんですか?」

自分「資格に関連する仕事は散々してきましたので、今はまったく違う仕事をしたいと思っています。」

担当「もったいないですね。」

自分「どうしても自分がやりたい仕事がみつからなければ、その資格を活かす仕事も考えますが、それは最終手段です。」

担当「勤務希望地にバンコクと書いてありますが、これはどうゆうことですか?」

自分「今までより良い条件で働ける場所を日本で探すのは難しいんじゃないかと思っています。バンコクへの移住も視野に入れているので、バンコクで働ける仕事が見つかればそれでもいいと思っています。」

担当「いろいろ考えているんですね。あまり多くないけど海外での働き口もいくつか登録されているので、探してみてください。」

自分「ありがとうございます。」

こんな感じのやり取りをしてから、今度は別の窓口で今後の日程等についての説明です。

1月29日に雇用保険説明会があり、2月17日が最初の失業認定日だそうです。

その後は、自己都合退職なので約3ヶ月空いて5月12日が第2回目の失業認定日になり、それからは4週間おきに失業認定を受けることになります。

最終は9月1日です。

とりあえず、2月17日を過ぎれば、5月12日まではハローワークに行く必要がないので、ここは再度バンコクに行くチャンスですね。

早速、バンコクへの旅程を考えることにします。

でも、失業給付金を受けるのは求職活動もしなきゃね。

バンコク駐在希望として、日本企業に応募でもしてみるか・・・。www

2015年1月18日 (日)

失業給付を受けるには・・・。

先週の金曜日に元勤務先の指定社会保険労務士より失業給付を受けるための離職票1と2が届いた。

この書類とすでに受領していた雇用保険被保険者証を持って管轄のハローワークで求職申込と失業給付金受給申請をしないと給付金が受けられないとのこと。

一緒に添付されていた手続き関係の資料を見ていたら、自分の場合の給付日数は150日、給付手当は日額で7,805円らしい。

受給総額で150日×7,805円=1,170,750円になる。

貰わない手はない。

150日分ですから5ヶ月分ですね。

今年は、住民税や健康保険料で結構な費用がかかるので、これは助かります。

ただ、この給付条件が結構やっかいです。

働く意思を持っていないと、支給されないらしい・・・。

事前に調べていたので知っていたことですが、改めて書面を確認すると、手続きしていいものかどうか悩みますね。

なんか理不尽だな?

散々雇用保険料を支払ってきたのに、給付条件が「働く意思があること・・・」なんて・・・。

とりあえず管轄のハローワークに行って、いろいろ聞いてみよう。

「面倒臭くない仕事で、それなりの給料が頂ければ働く意思があります。」と言ってみようかな?

「そんな贅沢なこと言ってたら仕事なんてありません。」って言われて「働く意思なし」と判定されてしまうかな?

「バンコクで働ける仕事はありませんか?」なんてのは求職活動ではないのかな?

いすれにしても初めての体験です。

あまり小細工はしたくないので、ハローワークでいろいろ聞いてからこの先のことは考えることにします。

書面を見る限りでは、いろいろ面倒な仕組みのようです。

さぁ~、自分は失業給付を受けることが出来るでしょうか・・・?

2015年1月17日 (土)

退職したら親戚づきあいが待っていた

親戚付き合いが苦手です。

自分は次男なので、親戚付き合いは今までは母親と長男でしています。

「傍目から長男って大変だな~」って、ずっと思っていましたが、昨日久しぶりに親戚付き合いをしなければいけない状況になってしまいました。

母親の姉のだんなさんが亡くなったとの連絡が入ったのが今月12日。

その葬儀が16日(昨日)に行われるとのこと。

自分としては、当然に母親と兄が行くものと思っていたんですが、母親から自分に代わりに行って欲しいと・・・。

どうやら兄が仕事をどうしても休めないとのこと、それと母親自体も体調が思わしくないとのことで、自分に白羽の矢が・・・。www

最近は家族葬も増えていて、親族だけで執り行うことも多くなっていますが、昨日行った葬儀(田舎の葬儀です)は朝は故人の家で読経から始まり、故人との最後のお別れ(故人の顔を拝むのも苦痛)をして、そこからセレモニーホールへ移動。荼毘にふしてから告別式。その後、墓に行って納骨。そして最後は料理屋で飲み食い。時間にして朝9時から夜8時まで(それにプラスして往復4時間かかりました。)・・・長すぎる。

こんなに時間があると、故人の話だけで終わるはずもなく、もう数十年も会っていない親戚連中ですから、最近の自分の状況なども根掘り葉掘り聞かれるのは避けて通れません。

しかも、自分が子供の頃に会ったことがある人たちや、相手は自分のことを覚えいるけど、自分は相手の顔をみてどこの誰やらわからない人と会話をするわけですから、これは結構きついです。元々、社交性のあるほうではありませんから・・・。

親戚「仕事はどうしてるの」

自分「辞めました」

親戚「何しているの」

自分「何もしてません」

親戚「これからそうするの?」

自分「海外移住を考えています」

親戚「たくさん貯めたんだ?」

自分「そんなことないです。ギリギリの選択です」

親戚「母親を大事にしてあげてね」

自分「わかりました」

いろいろ人と会話をしましたが、自分の近況なんて最終的にはこんな展開になりますね。

当然、もっと深く聞いてくる人もいれば、自分の自慢話に終始する人。酔えば酔うほどに手に負えなくなって来る人もいますが、人扱いは長年の仕事で培われたものがありますので、適当にあしらうことは出来ます。

でも、正直言うと・・・。

「面倒臭い」

田舎の人たちは方言がすごくて、それを聞きとるのにも苦労します。最初のうちは聞きなおしたりしていましたが、そのうち面倒になって適当に相槌を打っているだけでしたがね。

まぁ~無事に滞りなく終わりましたので、それは良かったのですが、問題はこれからです。

自分は退職して時間がたっぷりあるので、今後はこの親戚付き合いが多くなる可能性があるということ。

兄は仕事をしていますので、親戚行事があるたびにどっちが行くことになるか・・・?

自分の出番が多くなる気がしています。

今までは、自分は仕事を隠れ蓑に「忙しくて・・・」って断ってきたのに、これからは、この伝家の宝刀の言葉が使えません。www

こうなると、やはり早くバンコクに移住しなければ・・・そう考えてしまう1日でした。

2015年1月15日 (木)

刺激欠乏症?

こんな病名があるかどうか知りませんが、今の自分は刺激を欲しています。

特に用事がないとほとんど外出しなくなってきています。

今のところは退職の手続きで、役所や銀行に行くことがありますが、ほとんどが自宅で過ごすことが圧倒的に多くなっているわけですね。

自宅で何をしてるかといえば、テレビを見たり、パソコンをいじっていたり、読書をしたりと、それなりの毎日を過ごしていますが、やはり刺激が少ない。

元々、望んでいた生活をしているわけですが、人間という生き物は贅沢なもんで、暇なら暇を楽しむ方法で悩んでしまうわけです。

先日までの1ヶ月間のバンコク生活では、部屋に引きこもることなく毎日必ず外出していました。

特に用事があるわけでもないのに、街歩きをしているわけです。

いろいろ興味が湧いてくるので「部屋にこもっている場合じゃない」ってね。

それは、気候のせいもあると思います。

毎日が暖かいと「部屋にいるのがもったいない」って、感じてしまっているんですね。

それと、もうひとつ「屋台」の存在です。

日本では屋台が出るのはお祭りや縁日の時ですよね。

この「屋台」って、ワクワクしませんか?

金魚すくいやヨーヨー釣り、綿菓子に焼きそば・・・。

屋台があると、自然と足がそっちに向いてしまいます。

バンコクは、毎日そこらじゅうに、屋台があります。
Photo

朝から晩まで、いろいろな屋台が毎日出店してます。

食べ物やはもちろんですが、おもちゃやブランド品のバッタモン、服や下着など・・・。

Photo_2

それを冷やかしながら、たまに買い食いしたりして・・・。

こんな些細なことが結構刺激的なんですね。

だから、バンコクでも屋台が出ていない通りを歩く時は、面白味はありません。

バンコクは「毎日が縁日」この表現がぴったりかもしれません。

そういえば、正月はいつも出ていた屋台が少なくなっていました。

聞くところによると、みんな故郷に帰っているとのこと。

いつも屋台がある通りに屋台がない。

面白くもなんともない通りになっていました。

仕事上の刺激は、もう必要ありません。

暇なら暇なりの刺激を見つけて、人生を楽しむことにします。

2015年1月13日 (火)

快適なのはどっち・・・?

日本とバンコクの比較です。

ずっと日本に暮らしていて、バンコクへの移住を視野に退職に踏み切ったわけですが、実際のところどっちが快適に暮らせるんだろう?

そもそも「快適」の基準って何?

おそらく、深く考えれば考えるほど禅問答みたくなって結論が出なくなるんでしょうね。

1ヶ月間ですがバンコクで暮らしてみて、日本に帰りたいとは思わなかった・・・。

これだけで、バンコクでの生活が快適だったのは間違いないです。

では、日本の生活は快適だろうか?

不便ではないけど、快適とは感じないんですね。

「快適と感じない」ではなく、「何も考えていない」という方が正しいかもしれません。

日本で暮らすのは自分にとって当たり前のことになっていて「快適だな~」なんて、考えてもいないということですね。

タイ人と話をした時のこと・・・。

自分「バンコクは気候もいいし、食べ物も美味しいし、このままずっとここに暮らしたいな!」

タイ人「え~!僕は日本で暮らしたい!」

自分「なんで?」

タイ人「日本は素晴らしい国だから・・・それと、おカネもたくさん稼げるでしょ・・・。」

自分「・・・」

確かに稼ぐことを基準にしたら、日本で働きたいという気持ちもわからなくはなけど・・・。

やはり普通は「生活する=働くこと」なんですね(当たり前か!)。

自分の場合は「生活する=楽しいこと」にしたいわけだからね。

日本での生活には「家」や「会社」のシガラミやルールが多くて、たまに辟易しています。

○○家の○○さん、○○会社の○○さん・・・。

日本では、この「家」や「会社」に関係なく生きて行くのは難しいですよね。

それによって自分のイメージがすでに出来上がっていて、そのイメージに合わせて生きている・・・。

それが、ちょっと息苦しいのかもしれません。

きっと、その息苦しい生活からの逃避して、ちょっとだけ冒険したいだけかもしれないな?

バンコクに移住するって、結局嫌なことから逃げてるだけなんだろうか?

でも、逃げられるんだったら逃げた方がいいよね。

だって、その方が快適なんだから・・・。

2015年1月11日 (日)

そうだ北海道に行こう!

唐突ですが、北海道が大好きです。

若い時はメジャーな観光地では飽き足らず、キャンピングカーを借りて道内を1周したり、利尻島、礼文島、天売島、焼尻島などを島巡りをしたり、春夏秋冬それぞれに違った表情を見せる大自然に、いつも心癒されていました。

「北海道のおすすめの場所は?」って聞かれると、絞るのに苦労するくらいです。

今ではバンコクに行くことの方が多くなってしまいましたが、訪問回数からすると北海道が断然に多いです。

20歳くらいの頃から、年に2回は必ず訪れていましたから・・・。

なぜ北海道の話をしているかというと・・・。

つい先日までバンコクに行っていたわけですが、タイ人と話しをすると、ほとんどの人が日本が好きなんですね。多少社交辞令もあるとは思いますが、それでも日本が好きと言われるのは日本人として誇らしいし嬉しい限りでした。

日本にはすでに来たことがある人もいましたが、僕の周りのタイ人にとって日本が憧れの地であることは間違いないようです。

いつもお世話になっているタイ人は、東京・京都・札幌など、日本には幾度も来たことがあり、日本の話を良くします。

「どこが良かった?」って聞くと。

「どこも良かったけど、一番は札幌の雪まつり」だったと・・・。

南国に住むタイ人にとっては雪景色は寒さを超える感動があったようですね。

そう、雪はテレビでしか見たことないもんね・・・。

そんな話をしていたら、つい「2月に札幌雪まつりがあるから行こうか?」って言ってしまいました。www

「君の休みが取れたらだけどね。」って後から付け加えましたが・・・。

すぐに返ってきた答えが・・・「問題ない!」でした。www

翌日すぐに、上司に確認したそうで、もちろんOKとのこと。

そんなわけで急遽タイ人の日本行きが決定してしまいました。

そう決まれば北海道大好き人間の本領発揮です。

「折角だから雪まつりだけじゃなくて、冬の北海道を楽しもう!」ってことで、行きは新幹線を使って函館へ。函館山から夜景を見せてあげたいしね。

次の日は登別へ。やはりここでは温泉ですね。クマ牧場にも行ってみるか・・・。

そして、メインイベントの札幌雪まつり。ここでは2泊するので小樽にも足を伸ばそうかな。

なんだか楽しくなってきたぞ。

少し前まではタイ人が日本に来るのは簡単ではなかったです。ビザが必要でしたからね。

今はビザの必要が無くなったため、気軽に日本に来ることが出来るようになりました。

だから「日本に行く?」「OK!」で日本に来ることが出来るんです。ちょっと前には考えられませんでした。

まぁ~自分にとっても大好きな北海道です。

退職する前は会社に了解を得ないと簡単には休みも取れなかったけれど今は自由です。

カネの心配さえクリアできれば、何ら問題はありません。

カネについては「人生を楽しむってこういうことだよ!」と心の声が聞こえたので、あっさりクリアです。

これからも、やりたいことをやって悔いなき人生を送ります。

節約と贅沢を繰り返しながらね。

2015年1月10日 (土)

退職書類の受け取り

今日は元勤務先から送られてきていたものの、留守にしていたため郵便局に保管されていた書類を取りに行ってきました。

本来退職日に受け取るものだが、12月31日が退職日であったことや、12月12日からバンコクに行くことも人事担当に話していたので「1月になったら送ってね」って、頼んでおいた書類です。


何の書類かというと・・・。

(1)年金手帳

今まで転職をしたことが無かったので、初めて見ました。中身を見てもシンプルなもんです。

厚生年金保険の記録に「被保険でなくなった日:平成27年1月1日」と、しっかり書かれていました。

国民年金手続きに必要だそうです。今度は国民年金の記録に記載されることでしょう。

(2)健康保険(社会保険)資格喪失証明書

健康保険は任意継続しますが、国民年金手続きに必要な書類だそうです。

(3)退職証明書

特に何に使う書類かは記載がありませんが「平成26年12月31日付をもって、当社を退職した者であることを証明いたします。」という、社長名での発行書類です。

(4)確定給付企業(DB)年金繰り下げ通知書と説明書

これはすでに60歳時になったら受け取りますと書類を提出してましたので、その関係の書類です。特に今は何もする必要はありません。まだ内容を確認していませんが、おそらく「時期が来たら手続きが必要です。」みたいな内容だと思います。あとでじっくり読ませてもらいます。

(5)平成26年分 「給与所得の源泉徴収票」と「退職所得の源泉徴収票」

タイミング良く12月31日付の退職なので、すでに源泉徴収されているので、自分で確定申告する必要はありません・・・と思います。

(6)12月分給与支払明細書

毎月、見慣れた明細書ですね。すでに働いていないのに、給与は貰えてありがたいものです。1月25日が最後の給与受け取りになりますので、今月末には最後の明細書が送られてくることでしょう。


以上、こんな書類が送られていました。

とりあえず、国民年金の手続きを来週中に行うことにします。


それと、元勤務先からの書類の他に任意継続をする健康保険組合からの書類も送られてきていました。

こちらは、「任意継続してやるからカネ(保険料)を払いなさい!」って感じです。

「1月16日までに今月分として43,758円、1月30日までに2月~3月分として87,088円を支払え!」って、ことで「払わなければ任意継続してやらね~よ」・・・ですね。

とりあえず来週中に払ってやるか・・・。


これから受給する失業保険に関する書類は、まだ送られて来ていません。

払うものは取リっぱぐれが無いようになのか随分早いです。自分が受け取る(失業保険)ものは、それなりに・・・なんでしょうね。


あ、それと昨日退職金が振り込まれていました。

今、結構金持ちです・・・自分基準でですが・・・(汗)。

これから大事に使わせていただきます。カネは貯めるものではなく、使うものですからね。

でも、使い方だけは気をつけないとね。

2015年1月 9日 (金)

バンコクからの帰国とこれから

本日、暖かいバンコクから厳冬の日本に帰国しました。

寒さが身にしみます・・・。

バンコクの生温い日常にずっぽりと染まっていましたので、これから日本ですべきことをまず整理しなきゃね。

もちろん退職に関連した各種手続きに関してです。

さて、何から手をつけるんだったか?

とりあえずは、年賀状への返信作業が待っています。

今更年賀状ってわけにはいかないので、年賀状をくれた方々へは寒中見舞として退職の挨拶文を載せて送ります。

義理を欠くわけにはいきませんので・・・。

約1ヶ月間留守にしましたので、年賀状の他にも結構な数の封書も届いています。

生命保険の解約や新規のクレジットカードの申し込みなど、退職前に手続きしていた関係が多いです。

それぞれ内容を確認しなきゃ・・・。

その後は、役所への国民年金の手続きに、本日付で振り込まれていた退職金の運用手続き、失業保険関係に確定拠出年金の移管手続き etc・・・。

それ以外にも何かあったかな?

とりあえず明日から世間は三連休です。

幸いにも役所や銀行も休みなので、明日からの3日間でもう一度やるべきことを確認してから動き出します。

それらが完璧に終わるまでは、次のバンコク行きは少しおあずけです。

2015年1月 8日 (木)

最後の晩餐

明日の午前便でバンコクにさよならです。

特にどこに行きたいとかもないので、今日はお土産を買ったりして宿の近場で過ごしていました。

ひとつだけ、今まで経験したことがないことを初体験してきました。

それは・・・床屋に行くことです。

髪もさすがに少し伸びてきたので、日本に帰る前にバンコクの床屋に行ってみようと・・・。

さすがに、一人で行きずらかったので、タイ人の友人についてきて貰いました。

どう伝えていいかわからないですからね。

店はこんなところです。↓

Photo_41

タイの友人に自分がどうしたいのかを伝えるのも難しいので、結局一人でいっても問題なさそうでしたが、やはり少し勇気がいりますね。

床は前に切った人の髪の毛が散らばった状態だったりして、日本とは大違いです。

洗髪とかはしないで、整髪のみでしたが、料金は80バーツです。

日本円にして300円弱くらいです。

やはり安いですね。

で、出来栄えは?というと・・・。

日本の1000円床屋と同じくらいでしょうかね。自分としては充分です。

特にこだわりはありませんので・・・。

そして、髪も切ってさっぱりした後にバンコク最後の夕食です。

最後の晩餐は、タイの友人と一緒にシーフードにしました。

蟹のカレー炒め(プーパッポンカリー)です。↓

Photo_42

カキの卵とじも美味しいですよ。↓

Photo_43

それと、魚のから揚げです。↓

Photo_44

これが、バンコクでの最後の晩餐になりました。www

なんか、食べることばっかりのバンコク滞在だったような・・・(汗)

でも、食べものが合わないと、とてもじゃないけど移住なんか出来やしないですからね。

ゲテモノ以外は、すべて美味しくいただきました。

これで、バンコクからのアップはすべて終了です。

あとは、日本に帰ってから気がついたことなど書いていきますね。

収支報告とかね・・・。実際、どれだけ使ったんだろう・・・?

計算するのが恐ろしい。

最後に、バンコクでお会いした皆さんへ。

いろいろとお世話になりました。おかげさまで毎日楽しく過ごすことが出来ました。

また、帰ってきますので、その時もよろしくお願いいたしますね。

ありがとうございました。そして、さようなら。



2015年1月 7日 (水)

節約食生活(ぶっかけご飯編)

節約食生活(ヌードル編) をアップしてから日が経ってしまいましたが、帰国前に取り急ぎ「ぶっかけご飯編」をアップします。

あくまで節約食生活なので、1食あたり日本円で200円以内で食べられるものを揃えました。

そうしたら、ほとんど同じような食生活に・・・(汗)。

もっといろいろあるんですけどね。なんか片寄ってしまって申し訳ないです。

でも、どれも美味しくいただけるものばかりです。

・・・少し辛いのが多いですが。

有名なカオマンガイに揚げたチキンもつけました。なんか絵柄がきたなくて美味しそうに見えませんが、チキン嫌い以外はみんな好きですね。↓
Photo_35

こんな組み合わせもおすすめです。目玉焼きが辛さを中和します。↓
Photo_36
もっと野菜を食べなきゃね・・・ほとんど野菜だけです。↓Photo_37

あれ?なんか同じようなものばかり食べてるような・・・。↓
Photo_38

がっつり食べたい時は、このように3種類を組み合わせてオーダーしましょう。↓
Photo_39

結局すべて同じような色合いになってしまいましたが、野菜の種類も微妙に変えてるんですよ。画像を大きくして見てもらえば違いがわかると思います。↓
Photo_40

ってなわけで、僕の食の嗜好が偏っているのが良く分かる組み合わせでしたね。5555

食べ物の名前は良く分かっていません。

すべて指さしで「これと、これ・・・」で、充分です。

バンコク滞在も残すところあと1日。名残惜しいですが最後はお気に入りの食事で締めくくることにします。

さて、最後の晩餐は何にしようかな?

節約食生活ではなく、豪勢に行きますよ・・・!


2015年1月 6日 (火)

帰りたくない!

時の経つのは早いもので、12月12日から約1ヶ月間のバンコク滞在の「暮らす旅」もいよいよ終盤です。

9日(金)の午前便でバンコクを一旦離れます。

実際のところバンコクに来る前は「早く日本に帰りたい」という気持ちも出てくるんじゃないのか?なんて考えたりもしていました・

バンコクにいても特にすることもないわけですから、暇を持て余すんじゃないかと・・・。

でも、そんな考えも1ヶ月バンコクに滞在して危惧に終わりました。

それどころか、今の心境は・・・。

「まだ帰りたくない!」

この快適さは何なんだろう?

毎日ブラブラしてるだけなのにね・・・。

不自由なのは言葉だけで、あとは何ら問題ありません。

でも、言葉も難しいことを話す必要もないのでジェスチャーで充分ことたります。

きっと、この温暖な気候が自分にあってるんだろうな~。

食事も美味しいし、体調も1度たりとも壊すことなく、幸せな毎日でした。

日本は寒いんだろうな・・・。

12月31日付けで退職しましたので、日本に帰ってから、やることがたくさん待っています。

各種手続き関係を終わらせたら、きっとバンコクに戻ってくるからね。

バンコクに1ヶ月間生活してみて、明確にわかったことがあります。

それは・・・。

「バンコクで暮らしていける!」

って、ことです・・・。

僕が1ヶ月間暮らした街の象徴!ビクトリーモニュメントです。↓

Photo_34

2015年1月 5日 (月)

定番観光と苦手意識の解消

昨日はバンコク旅行の定番、チャオプラヤ川沿いの観光です。

バンコクに来てから、ほとんど観光はしていなかったんですが、滞在時間も残り少なくなってきたので、やはり観光地にも足を運んでみようかと・・・。

何度もバンコクに来てる割に、この船に乗るのが苦手なんです。

船が苦手というより、船の乗り方が苦手なので、ついつい敬遠していました。それでも何度か乗っているんですが、結果オーライであって未だに良く理解していません。

時には、無理やり貸切船に乗せられそうになって、怖い思いもしたりして・・・。

ガイドブックをしっかり読み込めば難しいことはないと思うんですが、どちらかというと感性で動いてるので、よほどのことが無いと調べないんですよね。www

今後、バンコクに移住したら日本から友人や家族が遊びにくることもあるだろうし、その時にバンコク定番の観光地に連れていくのに、戸惑っていたらみっともないからね。

今回、友人に付き合ってもらって、船の乗り方をマスターしてしまおうってわけです。

だから「観光」と書きましたが、目的が船を不自由なく乗れるようにすることなので、実際の観光は二の次なんですが。www

ってなわけで、とりあえず「ワットアルン(暁の寺)」を目指すことに・・・。

Photo_29

まずは、起点の船着き場(サトーン)からスタートです。

BTSのサパーンタクシン駅を降りればすぐの船着場です。

ここは、いつも観光客でごった返していて、いろいろな船が出入りしています。どの船に乗ったらいいのかいつも迷うわけです。

乗る船は船の後ろにある旗の色で区別します。

Photo_30


説明書きとしては、小さくてわかりにくいですが、緑・黄・オレンジ・青の旗が目印です。船の後部に掲げられています。

昼間の時間帯は、オレンジか青ですね。

そして、青の旗はツーリストボートで少し高くなります(40バーツでした)。英語でのガイドがあるそうです。もうひとつのオレンジは、15バーツで各駅停車です。

このオレンジの旗の船を待って乗船です。(なにせ15バーツですからね。)

この他に1日乗り放題のワンデーパスが150バーツで売っていましたが、何度も乗り降りするケースの場合はお得かもしれませんが、目的地を決めての往復であれば、オレンジ旗の船で充分です。(ってことがわかりましたwww)。

降りる船着き場は自己責任でしっかりと理解してから乗り込みましょう。

英語のガイドが無いので、乗り過ごしたら面倒ですからね。

ワットアルンへは、ワットポーへ行く時の最寄の船着き場「Tha Tien(ターティアン)」でおりますが、そこから対岸にわたる船に乗る必要があります。

Photo_31

ここらあたりは有名な観光地で人を騙そうとする輩も多いですから、もっとも注意が必要なところです。前に、貸切ボートに乗せられそうになったのもこの場所です。www

今回は友人について行ったので、ワットアルンへの渡し船にも難なく乗船です。

たったの3バーツでした。

たいして難しい場所ではありませんでしたが、トラウマが苦手意識を醸成していたんですね。

無事にワットアルンに到着して、船の乗り方もマスターしたので、もう大丈夫です。

友人でも家族でもいつでも案内できるようになりました。・・・と思います。

Photo_32

夕方に最初に乗船したサトーンに戻って、ナイトマーケットの「ASIA TIQUE」に向かいます。

この船は無料です。

「ASIA TIQUE」は、比較的新しい観光スポットです。

ちょっと前までは、バンコクのナイトマーケットといえば台北の夜市みないな雰囲気で、場末感たっぷりでしたが、ここが出来てからというもの、ナイトマーケットはすっかり洗練されてしまいました。

部外者からすると、前に雰囲気の方が好きでしたが時代の流れを感じますね・・・。

Photo_33

暑かった昼間とは違い、川沿いの涼しい風に吹かれて、1日が終わりました。

バンコク滞在も残すところあとわずかになりましたが、まだまだ好奇心は衰えません。


2015年1月 3日 (土)

The Iron Ladies(アイアン・レディース)

このタイトルで合っているのかな?

昨日、マーブンクロンに行った時に、面白そうな映画がないかな?

って、チェックしてたらこのポスターが貼ってあって、明らかにコメディー映画だし、英語の字幕付きということで、早速みてきました。(字幕が無ければお手上げです。)

タイの映画では日本語字幕は、まずあり得ないので「英語の映画をタイ字幕でみるか?」「タイ映画を英語字幕でみるか?」どちらかの選択肢しかありません。

自分にとっては、どちらもハードルが高いです。

それでも、シリアスな映画には、おそらくついていけないので、コメディーなら大丈夫だろうってことで・・・。

そういえば、ドラエモン(スタンドバイミー)も、12月31日に封切でした。

でも、タイ語吹き替えになっていましたので、在タイの日本の子供たちは残念でしょうね。

自分は、飛行機の中ですでに観たので、関係ありませんが・・・。www

Photo_28
おかまちゃんのバレーボールチームの話です。

まずは、料金ですが160バーツ(日本円に換算すると500円程度)で観ることが出来ます。

日本と比べると、かなりのお得感があります。

英語とタイ語をある程度理解できるようになれば、暇つぶしにも良さそうです。

この映画、以前に日本でも公開されたことがある「アタックナンバーハーフ」って言う映画のシリーズものらしいです。(間違っていたらゴメンナサイ)

その映画はみていないので、実際のところわかりませんが・・・。www

映画の内容は、チーム内外での恋愛事情を絡めながらの、ベタなストーリーで展開していきますが観客のタイ人が、とにかく大声を上げて良く笑う笑う・・・笑いっぱなしです。

それに釣られて、自分も笑いっぱなしの2時間でした。

それにしても、映画に出てくるおかまちゃん。

どうしても○地○央に見えて仕方がありませんでした。w

タイでは女子バレーボールのナショナルチームが今大人気だそうで、この映画にもナショナルチームの一部がバレーボールの試合のシーンで出ていたりして、それもこの映画に観客を集める要因になっているようですね。

ところで、タイの映画館では、映画の開始時間から約30分はコマーシャルです。

日本の場合は約15分程度ですので、その倍ですね。

開始時間の20分後くらいに入るのがちょうど良いかも・・・。

それと、本編開始前に国王に敬意を表して音楽が流れますので、観客全員が立ちあがります。

ここはタイですので、郷に入れば郷に従いましょう。

そういえば、1日に数度、街中でもタイ国家が流れます。

それが聞こえたら、歩いていようが、走っていようが、みんな立ち止まります。

最初は不思議な光景でしたが、今ではすっかり慣れてしまいましたが・・・。www

この国の習慣や文化に興味津々です。

「笑う門には福来たる」。年の初めは、笑いから・・・。

みんなが良い年になりますよう~に!・・・ってね。


2015年1月 2日 (金)

出だしから不吉な予感

明けましておめでとうございます。

2015年から無職生活に入りましたので、タイトルも先日の予告どおり変えてしまいました。www

半ば冗談のつもりで書いたんですが、会社員生活にはすでに「さよなら」したわけだから、気持ちも新たに「さよなら会社員生活」から「こんにちは無職生活」に変更しました。


2015年の一発目の記事ですので、景気のいい事を書きたかったのですが、どういうわけかネガティブなことが起こってしまったので、まずはその話から・・・。


何が起こったかというと・・・。


「I Pad」を机から落としてガラス面を割ってしまいました。www

写真の右上の部分です。

Photo_21


正月早々に・・・ショックです。

今年1年を暗示しているように感じてしまいますよね。


ネットで修理代金を調べると正規に頼むと2万円ほどかかりそう・・・ショックが倍増です。

1万円以下でも修理してくれそうなところもあるみたいですが、いろいろ調べているだけで面倒になってきました。

で、このまま日本に帰国するまで、割れたままの「I Pad]を使い続けるのも、なんか縁起が悪そうなので「ここバンコクでも直せるんじゃないのか?」と、早速に「マーブンクロン」(バンコクの有名な巨大ショッピングモール)に聞きに行くことにしました。

Photo_22

現物を持っていって見せたら、なんなくOKです。

気になる金額は1200バーツとのこと。円換算(3倍で計算)で、3,600円くらいです。タイクオリティーですので、若干不安はありますが、この金額だったら頼むしかないでしょ・・・。

直す時間も1時間程度ですので、ショッピングセンター内をぶらついて、昼食をとっている間に修理完了の連絡が入りました。

さて、出来あがりは?

Photo_24


ちょっと、見づらいかもしれませんが、まったく問題ありません。

綺麗に仕上がりました。これで一安心です。


新年早々からショックな出来事がありましたが、逆に考えることにします。

人生いつも順風満帆とは行きません。

悪いことが起こったら、次は必ずいいことも起こります。

そう信じています。

だから、今回の件は、悪いことがこの程度で済んだことで、逆に喜ばしいことと捉えることにしましょう。

そう考えれば不吉な予感など吹き飛びますから・・・。


MBKからの帰りは、近くのお寺に今年1年の無事をしっかりとお願いして、宿に戻ってきました。

結局1年の始まりは上々ってことでしょうか・・・。

Photo_27

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