人生について

2018年12月23日 (日)

リタイアシミュレーションと資産運用の話

先日、読者さんからコメントをいただきました。

今oinin様のブログを過去遡って読んでますが、(最近読者になった新参です)どのようなリタイアシミュレーションをなさったのか知りたいです。
もちろん!リタイアするまでの気持ちの踏ん切りやら迷い様々あると思います
私も本当に同じ考えでお金の金額の満足は人それぞれだと思いますが分相応に身の丈にあったリタイア生活に至るにはどれだけの資産の運用が必要なのか知りたいですねー

今日は、このコメントへの返答記事です。

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おいらがリタイアしたのは、今から4年前の56歳の時。
定年前でのリタイアですから、かなり躊躇しました。
だって、収入が一切なくなるわけですからね。

それでも思い切って会社を辞められた理由は・・・。

1.バンコク暮らしをする夢をずっと変わらずに持てたこと
2.会社に愛想をつかす出来事があったこと
3.資金面をシミュレーションして、リタイアしても何とかなると確信できたこと

この三つが絡み合ってのことです。
どれかが欠けていたら、56歳の時にリタイアすることは無かったと思います。

元々は、58歳でリタイアする予定でした。
元勤務先には役職定年っていう制度があって、58歳になると役職から離れます。
そのタイミングで会社を辞めれば誰にも迷惑がかからないかな?なんて考えていたんですよね。

でも、2年早めての退職となりました。
それは、ちょうど会社で耐えがたい事があったからです。
この出来事がおいらのリタイアを早めた一つの要因です。
あの時に何事も起こらなければ、58歳で退職したかどうかも微妙だったかも。
働くことは嫌いじゃ無かったですからね。
見えない何かに引っ張られた感じでしょうか。

リタイアが2年早まったことでの一番の不安は、やっぱり資金面のことでしたね。

なので、何度もシミュレーションをしました。
退職して路頭に迷うのだけは勘弁ですからね。

それでは、どんなシミュレーションをしたのか?
ご披露しましょうか。




シミュレーションの手助けになったのは、50歳の頃から付けていた家計簿です。

「バンコク暮らしのために、58歳までに3000万円貯めよう!」
そんな目標を立てました。
そのために、家計簿をつけて無駄遣いを止めることから始めました。

ゴルフを止めて、パチンコを止めて、タバコを止めて、最終的には車も処分。
何でもやり放題の放蕩生活から仙人のような暮らしに、180度転換しました。

結局、2年早くリタイアすることになって、目標の金額までは貯まりませんでしたが。(汗)

でも、おいらの生活費は毎月いくら必要なのか?
家計簿のおかげで、すでに明確になっていました。

不自由しない暮らしには、いくら必要なのか?
それを知ることが、とても重要なのです。

おいらの場合は、毎月25万円、年間300万円。
この金額を、目安としました。
将来のインフレ率とかを加味して、実際に使った金額よりもちょっと多めにしました。

あとは、年金額などの受給予定金額を加味して計算するだけです。

56歳~59歳
60歳~62歳(60歳から確定拠出年金と企業年金の受給)
63歳~64歳(63歳から老齢厚生年金の受給)
65歳~    (65歳から老齢基礎年金の受給)

こんな感じに区分して試算しました。
受給予定金額は年金定期便を参考にしてです。

そして・・・。

「リタイアを早めても、なんとかなりそうかな。」
そんな結論に至り、56歳でのリタイア決断です。

そして、リタイアしたら、あとは腹を括るだけ。

でも、まだすることがあります。
リタイア後もシミュレーションと違ってないか?
そのチェックです。

予想以上に試算の減りが早いと目も当てられませんからね。
今のところは順調に推移しているので、不安はかなり減少しました。



次に資産運用の話を少しだけ。


リタイアする前までは、資産運用にも一生懸命でした。
少しでも資産は増やしておきたいところですからね。

おいらが実際に手をかけたのは、FXと株式投資と投資信託です。
リーマンショックを経験したりして、浮き沈みの激しい時期でした。

今は、株はまだ若干保有していますが、FXからは一切手を引きました。
少しは稼がしてはもらいましたが、やっぱりリスクがありますからね。

今は、資産を増やすことより、資産を減らさないことを考えるようになりました。
だから、今はリスクの少ない投資しかしません。

キャンペーン狙いの国債の購入とかですね。
その方が精神的に気が楽です。

資産運用しながらのリタイア生活は、自信がある方以外は、おススメ出来ません。



最後に・・・。


お金、たくさん欲しいですよね~。(笑)

でも、おいらは今以上の贅沢な暮らしは望んでいません。
今の暮らしが継続できれば、それで充分なのです。

お金と同じくらい大切なものに気が付いたからね。

それは・・・。

日本とバンコクにいる友人たちです。
歳を取るにつれ、友人たちに助けられて生きているように思えてなりません。

彼らがいるから会社を辞めても寂しくなかったし、今の日本とバンコクの二重生活出来ているのも彼らのおかげ。
つくづくそう思う。

リタイアしての孤独、これはかなり辛いと思う。

だから、おいらは日本とバンコクを行ったり来たりするのです。
友人たちには感謝しかありません。



 

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2018年12月 3日 (月)

そう言いながらズルズルと働くんじゃないの?

昨日は、学生時代からの友人と食事をしてきました。
働いていた頃は、何年も会わないこともありましたが、リタイアしてからは日本に帰ってくるたびに毎度会うほどの仲です。

彼は、おいらと同い年の60歳独り身。
でも、まだリタイアしていません。
話を聞いてる限りは、仕事が楽しいわけでもなく、ずるずると働いている感じです。


以前は「60歳で会社を辞める!」って、ずっと言ってたんですけどね。
いざ60歳になってみると、中々踏ん切りがつかないようです。

どうもリタイア後の人生のイメージがつかめないみたい。
おいらみたいに海外生活に憧れを持っているわけでもないし、やりたいこともたいして無いようだしね。

う~ん、どうするんだろう?
「65歳まで働くの?」には、「それは無い!」って、言うんだけれど・・・。

「辞めるのは、62歳くらいかなあ?」だって。
でも、62歳になったらなったで、「あと1年」とか言いそう。

そのうち、会社も70歳まで働けるようになったら、そこまで働いてるんじゃないの?
なんかそんな気がする。

なんだかんだ言って、会社が、仕事が、好きなんだろうな~。

まあ、それも人生。
頑張って日本のために税金をたくさん払ってね。(^_-)-☆


 

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2018年4月 5日 (木)

銀行から勧められた投資信託なんだけど

預金口座を持っている三井住友銀行から電話がかかってきました。

要件は「保有中している投資信託の現状を説明したい」ってことと、「マイナンバーの登録をお願いしたい」ってこと。

保有している投資信託は、もう10年近くほったらかしにしているやつで、それなりに利益は出ています。
まあ、投資額は雀の涙ほどですが。

すでに状況は承知しているので、わざわざ聞きに行くことでもないんですが、こちらも暇だし
折角電話をかけてきてくれたんで、昨日に行ってきました。

保有している投資信託の話は、別に目新しいことは有りません。
すでに知っている内容でした。

だから、ほとんど雑談に終始です。

まあ、銀行からしてみれば、新たに投資をして欲しいもんだから、いろいろ話を振ってきますが、おいらはのらりくらりと、かわします。
そんな駆け引きは、嫌いじゃないです。(笑)

もちろん、魅力がある話であれば、乗らないことも無いんですけどね。

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三井住友銀行がおススメしてきた投資信託をひとつ紹介しましょうか。
それは、
「SMBC アムンディ プロテクトファンド 米ドルステップ 201803」って、商品です。

Img_20180405_0923071

この投資信託は限定商品なんだって。
「限定」って言葉に弱いおいらは、ちょっと前のめりに。(笑)


何が限定かと言うと、申込期間が2018年2月26日~2018年4月10日でFIXされていること。
申込期限が、残り少ない特別感?

それだけ?(笑)
何がおススメなの?

原資が100%保証されるんだって。
原資を減らしたくない人にとっては、リスクが限りなくゼロってことですね。

それと、運用がうまく行けば、プロテクト価格が上がっていくんだって。
だから「リスク無しでしょ!」って、ことらしい。

まあ、米ドル建てなんで、為替リスクはあるんですけどね。

ちょっと前のおいらなら、この話に乗っていたかもですが。(笑)

この商品の問題は、満期日が6年後ということ。
おいらが、もっと若ければ考えなくもないけど、今は6年も待ってられません。

死んじゃうかも知れないからね。
ってことで、お断りして帰ってきました。




最近、株取引を含めて、投資に興味が無くなってきたようです。
NISA枠も余してしまうほどです。

歳をとったせいかな?
独り身で、残す人がいないからだよね。

死んだ時に、葬式代と多少の御礼が残せれば、それでいい。
なんか、寂しいね~。(笑)

贅沢はいりません。
世間に迷惑をかけず、今の生活(日本とバンコクの二重生活)が、続けられるだけでいいのだ。

欲がどんどんなくなって行く。
若き日の、あのエネルギーはどこ行った?

「老いる」って、こういうことなのね。(笑)

 

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2018年4月 1日 (日)

「働きたくなるかも?」って、思ってたんだけど。

今日は4月1日、新年度の始まりです。

新入社員の方は、明日が初出勤かな?
きっと希望に胸を膨らませていることでしょう。

思い起こせば、42年前。
高校を卒業したばかりのおいら、母に買ってもらった真新しいスーツにネクタイ姿での初出勤。
初々しかったなあ~。
もう遠い昔のことです。

高校の先生からは・・・。
「3年間は止めずに働きなさい!」
「その3年間で、100万円を貯めなさい!」
そう言われて送りだされたのは、今でも鮮明に覚えています。

特に何をしたいわけでも無く、高校の先生に「この会社に行きなさい!」と、勝手に決められたレールに乗っかてしまった、おいら。
自分の意思はそこにはありませんでした。

結局3年どころか38年もの間、同じ会社にお世話になりました。
今さらながら、良く頑張れたもんです。


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そんな38年間勤めた会社でしたが、結局は定年までは勤めませんでした。

会社を辞める切っ掛けは、バンコク暮らしを実現させるため。
あまりに順風満帆だった会社員生活に、自らピリオドを打つのは、並大抵のことではありませんでした。

気持ちの揺らぎが、精神面に影響したりしてね。
今思えば会社を辞めることは、おいらの人生において最大の分岐点だったように思います。

38年間も働き続けて、いきなりの無職。
どんな気持ちになるのか?
それはそれは不安でした。

あの時は、漠然と襲い掛かる不安でしたが、冷静に考えると不安要素は、2つだけでしたね。

一つ目は、資金面。
貯金を切り崩しての生活に対する不安です。
この不安を払拭するために、何度もシミュレーションしました。

それでも、有り余る資産ではないわけで・・・。
最後はエイヤー!で。(笑)


二つ目は社会からドロップアウトする不安。
これは気持ちの面ですね。

働かないことに対して罪悪感が生まれるんじゃないか?
すぐに働きたくなるんじゃないか?
会社を辞めたことを後悔するんじゃないか?
そんな不安です。

これには、シミュレーションは出来ませんからね。
実際に無職になってみなければわからない。
だから、これもエイヤー!で。(笑)

で、実際に無職になって3年半。
今の気持ちは・・・。
「働くなんて真っ平ゴメン、もう働きたくない!」です。

自由気ままな今の暮らし方に、すっかり慣れてしまったようです。
社会からの疎外感も働かない罪悪感もまったく無し。

すべて取り越し苦労だったようです。

何かしら、したくなるかも?
なんて、思ったりもしましたが、今はそんな気もまったく起きず。
今の「ぐうたら生活」がすっかりお気に入り。

おいら、根っからの怠け者のようです。(笑)

でもね、この気持ちに至ったのは、長年の社会生活のおかげだと思っています。
おいら、会社を辞める時は、確かに会社員生活に未練がありました。
それが不安を増長させていたんだと思う。

満足な会社員生活だっただけにね。

でも今は・・・。
充分に働いたよな!
うん、頑張った!
その気持ちが、今の心のよりどころです。

やり切った感があってこそのぐうたら生活なのです。

ってことは・・・。
ぐうたら生活をやり切ったら、次のステージが見えてくるのかな?
その時はきっと、「もう死んでもいい!」そんな達観したレベルなんだと思う。

 

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2018年1月 8日 (月)

『老後迷子』な友人たち。あれ?おいらもか。

最初に断っておきますが、「老後迷子」なんて言葉はありません。
あくまで、おいらが作った造語です。

老後をどう楽しむか?
60歳間近になっても、迷っている人、見えてない人、見ようとしない人。
こういう人たちを総称して「老後迷子」と呼ぶことにします。


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おいらは只今59歳、今年の7月には還暦を迎えます。
今回の日本滞在では、たくさんの友人と会いました。
やっぱり同年代が多かったかな。


この年代が集まると、話題はだいたい決まってくる。
病気の話、介護の話、そして老後の話、これらの話は避けては通れないのです。(笑)

だけど・・・。

おいら今回会った友人たちは、まだ現役で働いています。
すでにリタイアしているのは、おいらだけ。

みんな老後のことは、あまり考えていないようです。
「老後、どうするの?」
そんな話題を振っても、明確なプランは誰も持っていないのです。

それよりも、みんな65歳までは働くことを考えている。
「みんな働くことが好きなのね~。」
そんな嫌味なことを言うと、とりあえず否定はするんだけどね。

資金面の不安から、働くことを選択している人もいます。
これはこれで仕方が無い。
「頑張って働いてね。」
これしか言いようがない。
不安を持ったままリタイアしても、絶対に楽しめないからね。

60歳で定年、あとはのんびりと第2の人生を・・・。
そんな時代じゃ無くなったんだね。

59歳の友人たち。
「会社員時代の何もかもを捨ててまで楽しめるもの。」
これが見つけられないと、中々踏ん切りがつかないみたいです。

本質は、やっぱりここか。



みんなと会って、改めて自分の老後のことも考えてみました。
今は日本とバンコクの二重生活を楽しんではいるけれど、その先にあるものは?


あれ?まだ何も見えていないじゃないか。
勢いで会社を辞めて、夢だった日本とバンコクの二重生活を始められた。
とりあえず、やりたいことはやれてるんだけど・・・。

このままでいいのか?
おいらは、いったい何をしたいのか?

友人たちと会って気が付いたわ。
おいらも老後のことなんて、何も考えていなかったんだって。

もう一花咲かせるか?
このままぐうたら生活を極めるか?

おいらもれっきとした「老後迷子」なのだ。(汗)

でも、迷うことって大切だよね。
迷って迷って結論を出せば、後悔しないはず。
だから、おいらはいつも迷ってる。(笑)

  

 

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2017年12月31日 (日)

大晦日、それは退職記念日でもあります

今日は大晦日、1年の締めくくりです。
そして、私の退職記念日でもあります。

なぜ大晦日を退職日にしたのか?
やっぱりキリがいいでしょ。(笑)

キリがいいって、結構大事。
退職後、役所等の煩雑な各種手続きに威力を発揮します。
たかがしれてますが(汗)

それと「会社が休みの日に退職したかった」ってこともあるかな。
退職日は会社に行きたく無かったんです。
お別れが苦手なもんで。

だから12月31日が一番都合が良かった。
最後の我ままを聞いてくれた会社に感謝ですね。

そして私はバンコクでその日を迎えたのです。

その時の心境は、ブログに綴っています。

退職前日の記事は、ここ。
退職当日の記事は、ここ。

読み返してみると、やっぱりナーバスでしたね。(笑)

あれから3年。
あんなに会社人間だったのに、今ではすっかりぐうたら体質が身についてしまいました。(汗)
そして、もう会社員時代のことを思い出すこともほとんど無くなりました。

時の経過は、ある意味残酷です。


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私の会社員生活は、一度も転職をせずに一つの会社に38年余り勤務できたので、居心地は良かったんだと思う。

だけど会社の辞め方は、感心できない辞め方だったと今更ながら思う。
形は円満退社ですが、気持ちは円満じゃなかったからね。

「終わり良ければ、すべて良し!」って、言うけれどまさにその通りだと思う。
いくら良い思い出がたくさんあっても、最後がまずければすべて台無しになってしまいます。

だから、38年間のうち37年間が良い思い出だったとしても、最後の1年の印象が悪ければ、それがすべて。

先日、元勤務先の忘年会に参加して、ようやくわだかまりが取れた感じかな。
それまで3年かかったってことです。

時の経過は、心をも癒してくれます。



話は変わりまして
2017年、みなさんはどんな年だったでしょうか?

私は、従兄が亡くなったり、友人の母親が亡くなったりで、悲しい出来事もありましたが、1年を通して健康で過ごせたので、まあ良い1年だったように思います。


健康が何よりですね。

「今年1年、あまり良い1年じゃなかったな~」って思う方もいることでしょう。
そんな方は、今日くらい良い1日にすることを考えましょう。

「2017年の大晦日、最高だったぜ!」って言って終われれば、それで良し。
何しろ「終わり良ければ、すべて良し!」ですからね。

これは、人生においても同じこと。
死ぬ間際「幸せな人生だったな~」って言えるように・・・。

それには、今までの生き方なんて、あまり関係ありません。
これからの生き方ひとつで、どうにでも変えることが出来るんだからね。

私も来年は60歳。
いよいよ還暦です。

折角この世に生を受けたわけで、これからの生き方次第で私の人生が決まります。

59年間は、あくまで序章、これからが総決算。
そんな想いで新年を迎えます。

今年1年、こんな独りよがりのブログにお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
そして2018年もよろしくお願い申し上げます。

それでは、良いお年をお迎えください。
みなさんに感謝の気持ちを込めて。

  

 

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2017年11月17日 (金)

もうひとつ命の火が消えようとしている

昨年の12月5日に、父方の従兄が67歳で逝った。
すい臓がんだった。

その時の記事はここ。

癌が見つかってから1年も持たずに逝ってしまった。
学生時代はアメフトをやっていたりして、いかにも屈強な男だったのに・・・。

その従兄が亡くなったすぐ後、たしか今年の初め頃だったと思う。
その弟が会社の健康診断で肺に異変が見つかり、病院で検査したところ肺がんとの診断を受けたと聞いた。

お兄さんの方が亡くなったばかりなのに、今度は弟か・・・。
お兄さんと弟は一つ違いの兄弟なので、弟も今年で67歳のはず。

何の因果だろうか?
あまりの話に耳を疑った。

でも、まだ初期段階の肺がんなので手術すれば治るらしいと聞いて、ちょっと安心した。

そして手術。
そして成功。

それなのに・・・。

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先日、おいらの兄から連絡があった。
もう長くはないらしいと・・・。

えっ、どういうこと?
手術して良くなったんじゃないの?
どうして?
何があったの?

おいら、突然の話にすぐに事態が呑み込めない。
冷静になっていろいろ話を聞くと、肺がんが再発し、ここに来て容態がかなり悪化しているんだとか。

早ければ今日明日にも・・・。
そんな状態らしい。

おいら、この従兄とは子供の頃は遊んでもらったんだけど、それからはずっと会うことは無かった。
それが、昨年の10月の母の葬儀で久しぶりに会った。

何十年ぶりだったかな。
懐かしくもあり、照れ臭くもあり、そんな再会でした。
見た目はすっかり爺さんになっていましたけどね。
おいらも他人事じゃないんですが。(汗)

その時はすごく元気だったんだけどな~。
それから、わずか1年くらいで、こんなことになろうとは・・・。

会社の健康診断での癌の疑いから、たった1年も生きられないなんて。
あとは奇跡を願うしかない。



おいら、会社を少し早く辞めてバンコクと日本の二重生活を始めたのは、自分の人生を後悔したくなかったからが理由のひとつ。

でも、もし明日癌が発見されたら・・・。
やっぱりまだ後悔だらけだと思う。

それと・・・。
果たして冷静でいられるだろうか?
自分の余命を宣告されたら、どう気持ちの整理をつけたらいいんだろうか?

おいら、人生は達観しているつもりだったけど・・・。


もう少し生きたい!

やっぱり悪あがきしそうな気もする。

いつになったら「人生とさよならしてもいいや!」って、思えるようになるんだろう?
健康なうちは、そうはならないよね、そんな気がする。
80歳を超えればそうでも無いのかな?

おいらの母は、昨年83歳で亡くなったけど、晩年は「もういつ死んでもいい。」って言ってた。
でも本心はどうだったんだろう?
良くわからないや。

痛みや、苦しみが無かったり、衰えを感じることが無かったら、きっと「いつまでも生きていたい!」って思うような気もするし。

人の生き死にを目の当たりすると、いつも余計なことを考えてしまう。
答えなんかないのにね。

きっと、いろいろ考えることが気持ちの整理に繋がっているんだと思う。
おいらの従兄、あと何日生きられるかわからないけど、今は一生懸命に生を全うしようとしているのは間違いない。

苦しんでいなければ、いいんだけど・・・。
願いはそれだけ。

バンコクにいると、彼の家族に寄り沿うことすら出来ない。
少し罪悪感。


追記
このブログをアップして、すぐに兄から連絡が入りました。
ここで書いた従兄が、ちょうど今亡くなりました。

なんてタイミングだ。
彼がおいらに、この記事を書かせたようにしか思えません。

合掌

 

 

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2017年10月 4日 (水)

祥月命日

昨日10月3日は母の祥月命日でした。

あれから1年。
月日の経つのはホントに早いなぁ。

つくづくそう思う。

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昨日は実家で仏壇に手を合わせ、その足で父母の眠るお寺へ。
9月7日に一時帰国して約1ヶ月、母の一周忌、お彼岸、祥月命日と3回目の墓参り。

これだけ通へば草葉の陰から母も喜んでくれていることでしょう。
おいらの方は、墓参りをするたびに、だんだんと穏やかな気持ちになっている。

おいらに残されたこの世の時間は、あとどのくらいあるのか?
たっぷりあるのか?
それとも残り少ないのか?

そんなのわかるわけないんだから、あとは日々を楽しく生きるだけ。
折角この世に生を受けたんだから・・・ねっ。

人の一生なんて、ちっぽけなものなのに、悩んだり、苦しんだり、いがみ合ったり・・・。

自己の思想なのに、他人を巻き込んで騒ぎ立てる。
政争しかり、基地問題しかり・・・。

なぜ、そんなに権力が欲しいのか?
すごく見苦しいよ。

 
 

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2017年9月20日 (水)

お彼岸に「墓守」を考える

今日9月20日は「彼岸の入り」です。
先日、母の一周忌にお寺に行ったばかりだけど、墓には父も眠っているので、また墓参りに行きましょうか。

正直言って、母が亡くなる前までは、「お彼岸」とか「お盆」とか、特に意識したことはありませんでした。
「お彼岸だから、お墓参りに連れてって!」
「お盆だから仏壇にお線香をあげなさい!」

今までは、すべて母からの要求によって、おいらは従属的に動いていただけ。(汗)
そこに「先祖」がどうだとか、「供養」がどうだとか、あまり意識もせずにね。

そんなおいらが、仏教的な行事やしきたりを気にするようになったのは、やっぱり母の死が大きいところです。


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おいらが死んだら・・・。
たまに、そんなことを考えます。

以前、兄から「お前が死んだら、この墓に入れてやるよ!」って、言われたことがあります。
「この墓」とは、父と母が眠っている墓のことです。

その時おいらは、あまり考えもせずに「そこら辺に散骨してくれればいいから・・・。」なんて言ったように思う。

でも冷静に考えれば、それはそれで面倒なことで、今は「兄貴に任せるよ!」・・・そう伝えてある。

あれ?
これって、兄より先においらが逝った場合だよね。
順番を考えたら、おいらより兄が先のはず。

兄が死んだら当然に父母と同じ墓に入る。
その手配は、兄の嫁さんや娘が、ちゃんとするでしょう。

そして次がおいらの番。
あくまで歳の順で考えたらですけどね。

ってことは、その時のおいらの一番の近親者は、兄の嫁さんと姪っ子たちになるのだ。


兄の嫁さんや姪っ子たちは、おいらが死んだ後のことなんて、まったく考えてもいないでしょう。
今度会ったときに、ちゃんと伝えておこう。

「好きにしてもらっていいから!」と・・・。

それと、最期の処理を兄家族に頼るとなると、それなりに御礼はしないとね。
おいらの財産、大して持ってはいないけど、少しばかりは残しておかないとダメだな。




まあ、ここまでは良しとしよう。
問題は、その先のこと。

誰が墓を守る?

今は兄が墓守なんだけど、兄が亡くなったら、兄家族の誰かが墓守?
それとも、おいら?

おいらが生きてるうちは、いろいろ頼りにされそうな気がする。
まあ、おいらもいずれは世話になるので、面倒だけどそれは仕方がない。

そしてその後・・・。
おいらが死に、兄嫁も亡くなり、姪っ子は嫁に・・・。

「そして誰もいなくなる。」
まさにホラーだ!

考えたらキリがないから、もう考えるのは止めよう。
でもこれ、遠い将来のことではなく、もうすぐ起こり得ることなんだよね。

「先祖代々の墓」
うちはまだ一代しか眠っていないけど、これを守り続けるのは、墓守である兄の責任。

いろいろ考えることが多くて、長男って大変だね~。

おいらは、次男で助かった。
面倒なことは、兄に押し付けるだけだから。(汗)

でも・・・。
結婚もせず、子供も作らず。
今更だけど、なんか申し訳ない気がしてくる。

おいらが生きているうちは、出来る限りサポートしてあげよう。

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2017年9月18日 (月)

友人59歳、定年退職か?雇用継続か? 只今お悩み中!

一昨日、このブログでもおなじみの友人と会った。
前回会ったのが7月だったから、2ヶ月ぶり。

前回、会った時の記事はここ。

会社員時代はお互い忙しかったこともあって、1年以上会わないこともしょっちゅうだったのに、最近はかなり頻繁に会うようになった。

その友人、おいらと同じ歳だから現在59歳。
そしておいらと同じ独り身です。

勤務先は誰もが知っている大企業だけど、だからと言っていつまでも勤められるわけでは無い。
59歳ともなれば、定年も目と鼻の先。
これからどうするのか?
会うたびに話題になる。


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友人の会社の定年退職日は、60歳になった年度末なんだとか。
だから59歳の友人は、再来年の3月末日が定年退職日となる。

もちろん今の時代、65歳まで働くことは出来るんだけど・・・。
この65歳まで働ける環境が、彼を悩ませているのです。

友人は老後のプランを持っていない。
以前は釣りを趣味にしていたけど、今はしていない。
ゴルフもやらない。
唯一の楽しみは「JR東日本の大人の休日倶楽部」で一人旅をすることだそうです。

でもそれも日々忙しい合間を縫って旅するのが楽しいんであって、老後の楽しみにはならないだろうって。

おいらもそう思う。

老後のプランが無いままに定年退職する不安は、まだ拭い去れないようです。

「それなら、まだ働いたら。」
って、おいらが言うと・・・。

「でも、今の仕事好きじゃないんだよな~。」って。

いったいどうしたいのさ。(笑)

あげくの果てには「定年退職を予定通りにして、その後は別の会社でアルバイトでもしようかな?」だって。

「それなら今の会社に残る方が絶対にいいよ!」
至極まっとうなアドバイスをしてあげました。

老後資金に不安があれば、迷わずに雇用継続なんでしょうが、友人の場合は資金面での不安はない。
不安なのは、あくまで「心の居場所」なのだ。

定年が間近に迫っている人たちって、結構こういうことで悩むんだよね。
仕事人間になればなるほど、この悩みは切実になる。

自分で言うのもなんだけど、おいらは間違いなく仕事人間でした。
だけど「バンコクで暮らす。」という夢があった。

その夢の実現に向けて、仕事をしながらも、徐々にその実現に向けて舵をきった。
それでも、いざ会社を辞める段になったら、やっぱり悩んだ。
それで精神が少し病んだ。
気持ちのリハビリ期間に1年を要した。

定年退職は、おいらのケースとは少し違うけど、「働く環境があるにも関わらず、その前に会社を去る。」ってのも、複雑な気持ちになるんだろうね。

60歳、少し前なら躊躇なく会社を去る必要があった。
でも、これなら気持ちの割り切りも簡単だ。

しかし今は定年後も働く環境がある。
資金的に働く必要がある人、働くことが大好きな人、そんな人たちには有難いことなんだけどね。

もう働きたくないけど老後の過ごし方に不安が・・・。
こんな人がいるのも確か。
人生って難しいね、いつまで経っても悩みは尽きない。

資金はあっても老後の楽しみ方がわからない。
だから仕方なしに働く?

う~ん、なんだかなあ。

老後の楽しみをいかに見つけるか?
それが大事ってことで。

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