退職後の想い

2018年4月21日 (土)

会社員時代のゴルフ仲間と久しぶりの再会

昨日は会社員時代のゴルフ仲間との飲み会でした。
人数は、おいらを含めて6名、すべて元勤務先の連中です。

おいらがゴルフに熱中していたのは、30代~40代まで。
50歳を超える頃に、バンコク暮らしを考えるようになって、すっぱり足を洗いました。

ゴルフはカネがかかりすぎます。
当時は1回ゴルフに行くと、2万円は優に超えちゃうんですよね。
月に2回くらいはゴルフに行っていたので、それだけで月額4万円以上の出費。
もちろんゴルフだけでは終わらずに、その後は飲み会だって当たり前だったし、ゴルフ場までの高速道路の代金だってばかになりません。

コースに行かない時でも、練習場には行くし、ゴルフウェアだ、ゴルフクラブだ、ボールだ・・・。
どれだけ、ゴルフ関連でカネを使ったことか。(汗)

あのままゴルフを続けていたら、絶対に早期リタイアなんて出来なかっただろうし、きっと今でも働き続けていたことでしょう。

早く見切りをつけて正解でした。

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でも、ゴルフをしていたことで良かったことがあります。
それは今回の飲み会のメンバーたちとの繋がりが途切れていなかったことでしょうか。

おいらは、会社を辞めてすでに3年半。
会社を辞めてからは、年賀状のやり取り以外は、元勤務先の人たちとは連絡を取っていませんでした。
敢えて連絡を取らなかったって言った方が正しいかも。

ずっと会社関係だけで生きてきたので、リタイア後はすべてをリセットしたかったんですよね。
格好良く言えば、「過去に引きずられずに新たな世界へ・・・」って、感じだったでしょうか。(笑)

じゃ、なぜ今回の飲み会が実現したかと言うと・・・。

それは、スマホのLINEです。
ちょっとしたことで、元会社の何人かの人と繋がってしまったのです。

その時の状況は、すでに記事にしています。
ここを参照。

その繋がった中の一人が、昔のゴルフ仲間だったってわけです。




今回再会したゴルフ仲間たちの近況は・・・。

一人は、75歳。
当時のゴルフ仲間のリーダー的存在でした。
15年前に会社を定年退職して、今や悠々自適に暮らしています。
もちろんいまだゴルフも続けていて、すごく元気です。

一人は、62歳。
会社の役員になっています。
何事にも如才ないタイプですが、ゴルフは下手でした。(笑)
ゴルフは今も続けているそうですが、年々下手糞になっているとか。
何年もやっているのに、未だにスコアは100を切ることが目標だそうです。

一人は、58歳。
先月に会社を辞めたそうです。
親父の農家を継ぐらしい。
ゴルフもイマイチ、仕事もイマイチでしたが、みんなに弄られるタイプで、いないとなんか寂しい・・・。
そんな刺身のつまみたいな奴です。

一人は、55歳。
彼は若くして役員に上りつめた会社のホープです。
今回、おいらとLINEで繋がったのも彼です。
昨年に足が動かなくなってしまって、検査したところ頸椎の圧迫が原因で、手術をしたそうです。
今では歩くのも大変そうで、杖が必需品になっていました。
だからもちろんゴルフどころではありません。
いくら若くして会社の役員になっても、体を壊しては元も子もありませんよね。
彼、頑張りすぎたかな。

一人は、49歳。
少し年代が離れているので、みんなに可愛がられていました。
パシリとしてね。(笑)
それが、もう49歳だなんて・・・おいらも歳をとるはずです。
もう高校生の子供がいるというのに、ムエタイのTシャツをおねだりされてしまいました。
そんな可愛い後輩です。

そしておいら、かろうじて59歳。
ゴルフは、まあそこそこだったかな。(汗)
ゴルフ旅行の幹事ばかりやらされました。
1泊2日あるいは2泊3日で、いろいろなところにみんなを連れて行きましたよ。
北海道には4~5回は行ったでしょうか。
他に、沖縄や石垣島へも行ったな~。
しまいにはゴルフ抜きで単なる温泉旅行を企画したりして。(笑)



そんな連中との飲み会。
話題に事欠かないのは言うまでもありません。

彼らとは、もちろん一緒に仕事をした仲間でもありますが、部署を横断しての関係だったので、どちらかと言うと仕事の話より遊びの話で盛り上がりました。

特に寝食を共にした旅行での、あんなことやこんなことの話が、次から次へと。
20年くらいの話なのに、よくみんな覚えているよね。
すっかり若返りました。

そんなことで、久しぶりのゴルフ仲間たちとの再会。
みんな歳をとってきてるけど、あんな時代があったから、今があるのです。

また会おうぜ!

誰からともなく上がった声。
もちろん反対する人なんて誰もいません。

一時、みんなバラバラになったのは、おいらのせいかも知れませんが、ここでふたたび団結したゴルフ仲間たちなのでした。
べったりな関係はイヤだけど、適度な距離を保ちながら、彼らとは付き合って行くことにしましょう。

大切な仲間だったことを再認識させられた今回の飲み会でした。

もしかして次回の結集は、バンコクか?
まだ忙しい人もいるから、それは当分先だね。
でもそんなこと言ってたら、誰か死んじゃうかも。

そんなブラックジョークも、あながち・・・。(汗)

 

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2018年4月11日 (水)

いまだに慕われているのが嬉しい

会社を辞めてからの3年間は元勤務先の人とは一度も会うことはしませんでした。
接触は年賀状のやり取りだけですね。
年賀状だって届いたものだけに返信するだけの消極的な接触ですが。

会社の辞め方がちょっと強引だったので、元勤務先のメンバーとも距離を置きたかったのが本音のところです。

こちらから連絡をしなければ、元勤務先の人たちとは自然消滅。
「それでいいかな」って、思いもありました。

それが、元同僚から忘年会への参加依頼メールが届いたのが昨年の12月のこと。
多少悩みながらも、出席しました。

その時の記事は、ここ。

そのことが切っ掛けで、元勤務先の数人とは、メールで連絡を取り合うようになりました。
そして今回の帰国に併せて連絡したところ、また会うことに。

その飲み会が一昨日にありまして・・・。


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町田のとある居酒屋に夜7時に集合。

そこには6名がおいらのために集まってくれました。
すべて一緒に仕事をした元部下たちです。

部下って言っても、今はすべて50代ですが。(笑)

昨年の12月に会った一人を除いては、3年半ぶりの再会です。
懐かしいね~。
たった3年半なのにね。

それぞれに近況報告をしていく中で驚いたのが、2名が昨年に退職してた。
定年退職じゃありませんよ。
あくまでキャリアアップだそうです。

50代でキャリアアップって・・・。(笑)

一人は社長になってた。
雇われ社長だけどね。
「おいらが働きたくなったら、雇ってね。」って、ちゃっかりお願いしておきました。

そしてもう一人は、ヘッドハンティングだって。
ヘッドハンティングって、今でもあるんだね~。
もう死語だと思ってたわ。

残りのメンバーも、それなりの地位に。
みんな頑張ってる。

それぞれがそれなりに苦労はあるようだけど、おいらのような無職の選択肢は無いみたいだね。

そりゃそうだよね。
みんな家族持ちだし、ローンだってあるし、まだまだ働かなきゃいけない連中ばかりだからね。

でも、ホントはどっち?
働きたくて働くの?
仕方なしに働くの?
それぞれに悩み多き50代のようです。

そんな真面目な話の後は・・・。

酒が入るにつれ、話題はどうしても昔の話に。
あんなことや、こんなこと、今だったら、セクハラやパワハラで訴えられそうなことが、次から次へと。(汗)
みんなよく覚えてるわ。

お開き間近になると、もうしっちゃかめっちゃか。
おいらもすっかり過去にタイムスリップしちゃいました。

あっという間の3時間半。
あ~、楽しかった。

それにしても・・・。
昔の仲間と会って感じたのは、「おいら、いまだに慕われているんだな~」ってこと。
みんなと距離を置こうとしていた自分が情けないわ。

おいら、幸せもんです。

次回、バンコクに行くまでに今決まっている飲み会はあと一つ。
まったく違うグループだけど、今度はどんな暴露話が出てくるのか?
ちょっと楽しみだったりして。

 

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2017年12月19日 (火)

忘年会に呼ばれた理由がわかった

会社を辞めて3年、初めて忘年会に誘われたことを先日記事にしました。

その記事は、ここ。

その忘年会に、昨晩参加してきました。

場所は、元会社の近くの和食屋さん。
会社員時代は、何度も通った勝手知ったる場所。
美味しいし、安いし、結構気に入ってはいたんですが、いかんせん会社に近いもんで、ずっと避けていました。

一番気になるのは、誰が参加するんだろうか?ってこと。
やっぱり会いたくない人はいます。
(そいつらも参加してたら嫌だな~。)これは、おいらの心の声。(汗)


でも、参加してたらしてたで、仕方ない。
うまく立ち回るしかない!覚悟はしてました。

まあ、事前情報では、参加者は10人程度って聞いているので、有志の集まりだと思ってはいますけどね。

開始時間は19時から。
こういう時って、みなさんは何時くらいに行きますか?

時間に遅れないように、早めに行く。
ちょうど19時に行く。
会が始まってから、少し遅れて行く。

必ず遅れて来る人っていますよね。
「みんなに注目されたい!」・・・そんな人に多いようです。

おいら、たいていの場合は10分くらい前には、その場所に到着するようにはしてるんですが、昨晩は正直迷いました。
なぜか早く行くことに躊躇しました。

早く行く=楽しみにしていた
「そう思われても嫌だな~」の微妙な心理です。(笑)


結局、5分遅れくらいで到着するようにしました。
なんでこんな姑息なことを考えねばならないのか?
自分でも不思議なんですよね。

たった3年しか経ってないけど、なんか緊張するな~。

 

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そんなわけで、定時の5分遅れで、忘年会の場に到着。
すでに、みんな揃っていました。

「久しぶりです。」
そう言いながら、参加者を見回します。
そこにはあるのは、懐かしい顔ばかり。
おいらが、会いたくない人は参加しておらず、ちょっと安心。


でも、部署の集まりでも無いし、退職者も数人いるし、転職者もいる。
男女も半々くらいいるし、いったいどんな基準でメンバーを集めたんだろうか?
その辺は、ちょっと不思議。

まずは、乾杯。
幹事が挨拶して、ようやくこの忘年会の趣旨がわかりました。

それは、送別会を兼ねているってこと。

おいらの部下だった人が、今度退職することになったらしい。
その人の送別会を兼ねての忘年会でした。

その人は、12月末日で65歳になるそうです。
雇用契約満了での退職です。
おいらよりは、年上なんですが、彼は中途入社だったのでしばらくは、おいらの部下で働いてくれた人です。

今回の忘年会(送別会)は、退職するその人の人選だとか。
その人が会いたい人。
そこに、おいらが入っていたというわけ。
なんか、ありがたいね~。

送別会ってわかっていたら、なんかプレゼントを準備してったのに。
おいらが、持っていったのは・・・。

これ↓
Dsc_6750


みんなに「ヤードム」だけ。(汗)
送別会だって、聞いていなかったんだから、しょうがないよね。

まあ、こんなんでも話は盛り上がるもんで・・・。

で、退職後はどうするの?
おいらが、聞きたかったのは、そのこと。

「しばらくは、のんびりしようと思ってるけど・・・。」
そう言いながらも、働くことにまだ未練はありそう。
まだ元気だしね。

定年退職後も、まだ働いている人もたくさんいて・・・。
みんな働くことが好きなのね~。

おいらみたいに「もう働きたく無い!」は、どうやら特殊なようです。(汗)

もちろん、すでに働くことを止めて、老後を謳歌している人もいましたよ。
おいら、そういう人とは話が合います。
「老後をどう楽しむか?それって大事ですよね~。」って。(笑)

その人は、来月に夫婦で、タイ⇒ラオス⇒カンボジアを1ヶ月かけて旅行をするんだとか。
夫婦で元気なうちに行こうって決めたんだって。
こういうのは、いいね~。

だから、いろいろ聞かれました。

「どこか、おススメの場所はありますか?」には・・・。
ぱっと頭に浮かんだのが、スコータイのライトアップされた遺跡公園。

↓こんな写真を見せながら、熱く語っておきました。(笑)

Dsc_4546

今回の忘年会(送別会)参加者の平均年齢は、50代半ばくらいでしょうか。

それぞれの近況や、今の会社の状態、昔話や今後のこと、病気のことや介護のことなど、多岐にわたり話に花が咲きました。

それでも、話題が中心になるのは、やっぱり老後のこと。
やりたいことはあるのか?ずっと働き続けるのか?

まだ道に迷っている方もたくさんいるようで・・・。
そんなこんなで、あっという間の2時間半。

楽しいひとときでした。



そして、忘年会もお開きとなり・・・。

さて、帰るとするか?
と、思いきや。

2次会に誘われました。(笑)

2次会は、とくに仲の良かった、4人で。
現役1名、転職して1名、定年退職して再就職した1名、そしておいらの4名です。

今は、みんなそれぞれ違う道を歩んでいるけど、一度は同じ釜の飯を食った仲間たち。
この位の人数で飲むのは楽しいね~。
気を使わなくていいしね。


終電の時間まで飲んで、騒いで、2次会もお開きとなりました。

そう言えば、終電に乗ることも久しぶり。

会社を辞めてから、電車に乗ることも少なくなったし、まして終電なんて乗ってない。

終電は相変わらずの混雑ぶりでした。
そんな終電は、人いきれに辟易です。
会社員時代は、よくもまあ、こんな満員電車に乗ってたな~。


世の中変わっているようで、何も変わっていないんだ!
そんなことを想いながら、家路についたのでした。

今年ももうすぐ終わりです。

 

 

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2015年10月29日 (木)

ちょっと驚き!すでにバンコクで暮らしているんだって。

自分がバンコクに行く前に一度会いたいという友人知人が多くて、今週は、いろいろ忙しくしています。

「永遠の別れでもあるまいし!」ですよね。w

昨日も、仲の良かった元勤務先の同僚に誘われて新宿まで行ってきました。
飲み会の参加者は自分を含めて6名。
みんな40代、50代のオヤジばかりです。w

こちとら会社を辞めて1年にもなるので、仕事のことなんて、もうどうでもいいんですが、みんな昔話が好きですね~。
良くもまぁ~、まいど同じ話で盛り上がれるもんです。

ただ、昨日は一つだけ新鮮な話題がありました。

飲み会に参加してくれた後輩君、前から私と話がしたかったそうです。
なんの話しかというと・・・。

後輩君の妹さんが、タイ人と結婚して、今バンコクで暮らしているんだそうです。
これは初耳でした。


バンコクって聞いたら、自分も黙っているわけにはいきません。
あれやこれや、いろいろ聞いてしまいました。

細かいことは書きませんが、お子さんも二人いて、今はバンナー地区に住んでいるんだとか・・・。

バンナーと言えば、自分の借りたアパートとは、正反対の場所でそんなに近いわけではありませんが、同じバンコクに住む仲間として、とりあえず「連絡をくれれば、いつでも様子を見に行きますよ!」って、伝えておきました。w

それにしても身近なところで、すでにバンコクで暮らしている人がいるとは・・・。
ちょっと驚きでした。

そんなこともあるんですね。世の中狭いです。

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2015年8月23日 (日)

ワーカホリックだったかも・・・。

ワーカホリック(Workaholic)=仕事中毒

自分、会社員時代の晩年は、結構いい加減だったんですが、40代の頃はまさにワーカホリックだったかもしれません。

朝は、誰よりも早く会社に行って、誰よりも遅く帰る・・・。
週休は1日だけで、その1日も顧客の都合によっては、出社も辞さず。
だから有給休暇も貯まる一方、それを使うこともしなかった。
今考えれば、なんでそこまで・・・?
って感じですが、それが当たり前だと思っていました。


部下の行動は、すべて知っていたかったし、部下が仕事をしているのに、先に帰ることにも抵抗がありましたね。
部下からすれば、厄介な存在だったかも。
でも、パワハラとかはしてませんよ。
逆に、部下には早く帰るように促してはいたし、休みを取ることも奨励していましたから・・・。

でも部下からしたら「上司がまだ会社に残っているのに、先に帰るわけにはいかない!」そんな無言のプレッシャーを与えていたのかも知れませんね。w

それに、営業という職種柄、動けば動いただけ成果につながったわけで、自分の時間はどうしても後回しになっていました。


会社を辞めて、しばらく経つのに、何故こんなことを書いているかというと・・・。

先日、部下だった後輩と会う機会がありました。
「相談したいことがあるんですが・・・。」
そんなメールを、頂戴したのがキッカケです。

会社を辞めてから初めて会ったんですが、昔の話をしているうちに、すっかり仕事人間だった自分を思い出していました。

当時、彼は信頼できる自分の片腕で、一生懸命に働いてくれたし、仕事の姿取り組み姿勢も自分と同じタイプだったので、休日出勤も厭わず、働いてくれました。

仕事をする上で、同じ考えを持つ人がいるだけで、組織はうまく回るもんです。
だから、あの頃の自分はラッキーでした。

そんな彼が今、自分の後釜で、ある部署を取り仕切っています。
「業績も芳しくなく、部下のマネジメントも苦慮している。」
そんな悩みを抱えているんだとか・・・。
まぁ、管理者になれば誰でもぶちあたる壁ですね。


そんな相談だったわけですが、業績なんて一朝一夕で回復するわけも無く、アドバイスと言っても、自分の経験値を話すことしか出来ませんけどね。

で、今の彼の仕事に取り組む姿勢を聞いたところ・・・。
休みもほとんど取らず、毎日夜の10時頃まで会社にいるんだとか。w
って、昔と変わってないじゃん。www

思わず「それって、
ワーカホリックだよ!」って言ってしまった。www
昔の自分のことを棚に上げてね。w

「昔の働き方なんて、今は通用しないよ!」
「残業時間も制限されてるわけだし、部下を休ませることも仕事だからね。」
なんて、したり顔で話してしまったもんだから、あとは苦笑するしかありません。w


彼を、そんな仕事人間に育ててしまった・・・。
ちょっと罪悪感。

で、今回会って・・・。
「会社に拘束されない生き方が、どんなに素晴らしいものか・・・。」
って、力説してしまいました。
今度は、それに影響されて「自分も会社を辞めます!」なんて、ことにならなければいいんだけどね。w

人に影響されるのも、ほどほどにってことで・・・。

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2015年8月 1日 (土)

退職までの軌跡(3)

昨日の記事の続きです

■地獄の3ヶ月
子会社の業務に携わってから、退職を決断するまでの3ヶ月間は、自分のサラリーマン生活の中で、最悪の期間でした。w

だから、退職の決断に迷いが無くなって、今となっては、返って良かったのかも知れませんね。

メンタルの病で休務中の人、親会社から来たってだけで敵対心むき出しの人、仕事に対して責任感の無い人・・・。
たいした人数がいるわけでもないのに、変な人が多すぎ・・・。www
相手側からしたら、自分の方が変わっているように、見えたかもしれませんけどね。w

それでも、徐々に打ち解けてはいきましたけど、根本的な問題は単体の部署だけに留まりません。
まぁ~、簡単に言ってしまうと、誰もが責任逃ればかり・・・。
クレーム対応の部署にいると、それが良くわかります。
クレームは起こるのが当たり前、そしてクレームが起こったら、クレーム対応の部署が解決すればいい・・・。
そんな考えを持った人ばかりでした。


クレームが起これば、それに対応するために、当然コストがかかるわけで、そのコストをどうすれば削減できるのか・・・?
そのことを考えようとしない・・・。

今更、会社批判をしてもしょうが無いので、この辺で止めておきますが、そんな会社に長居は無用・・・。

だから、退職の決断を下すには、3ヶ月で充分でした。

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■今年の7月に辞めるつもりが・・・。
それでも自分、若干の責任感は持ち合わせていたので、辞めるタイミングは、今年の7月(今頃)を考えていました。

特に大きな根拠はないんですが、業務に就いて3ヶ月は、あまりに短すぎるでしょう。
自分の中では、3ヶ月で充分だったんですが、周りからみたらそう思われますよね。w

それに、7月まで勤めれば賞与も出るからね。
そんな打算もありました。www

それが・・・。

この辺りからは、ブログ記事にしてありますので、過去記事を読んでいただければわかるんですが、自分の関わるべき仕事量が、どんどん増えていきました。

重要なミッションだったはずの「業務改革」に関する仕事よりも、日常のクレーム処理業務が・・・。
対応できる人材がままならなければ、自分でこなすしかありません。


それに過去から燻っている、ヘビーなクレーム対応も重なってきて、それに手がけてしまうと、辞め時を失うかも・・・。

そんなことを考えるようになりました。

7月まで勤めれば、カネは多少増えるかも知れないけど、そんなのはたかが知れている。
業務改善のための施策は、自分の中ではすでに出来上がっている。
それを実行するのか?しないのか?それは、自分が決めるわけではない。
提言書を残しておけば、それですむこと。

考えれば考えるほど、7月までこの会社に残る意味が、見つけられなくなりました。
それなら、ドツボに嵌る前に、辞めてしまおう。
あとは知ったこっちゃない・・・。

方向転換も簡単でした。www


長年に渡りお世話になった会社ですから、多少、負い目はありましたが、1年前には、一度退職の意思表示をしたこともあって、心の整理の付け方も問題なし。
幸い子会社には未練もありませんしね。

そうなれば、あとは最短の期間で辞めるだけ・・・。
そして、目出度く2014年12月末日をもって、退職するに至ったわけです。



■おわりに
退職を決断するのって大変ですよね。
自分の場合、今まで転職経験もなく、未知のことでしたからね。

退職してまでも、逃げたければ、逃げればいい。
退職してまでも、やりたいことがあれば、やればいい。

自分の場合、この二つがタイミング良く重なりました。
退職する上での最強コンビです。www

人生、どこでどんな転機があるか、わからないものですが、自分の場合は、明らかに2年前から、風向きが変わりました。
その風に逆らわずに、自分の気持ちを、その風に委ねていたら、自然と答えが見つかりました。

2年前に悩んでいた時に、産業医から言われたこと・・・。
もう一度ここに書いておきます。


「急いで結論を出す必要なんてありません!」
「時間が経過すれば、自ずと答えは出てくるもんですよ!」


これから先、悩みが無くなることはないでしょう。
でも、自分の気持ちに正直にしていれば、ちゃんと進むべき方向が見えてくるはず・・・。
気持ちが中途半端なままに、結論を出すことだけは、辞めた方がいいです。

この言葉、今や自分の人生訓になりました。

おしまい

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2015年7月31日 (金)

退職までの軌跡(2)

昨日の記事の続きです。

■退職話を取り消して、もう一度働いてみることに・・・。
一度は会社を辞める決意はしたものの、予想外の騒動になってしまい、自分のメンタル面の弱さもあり、とりあえず会社に残ることになったわけですが・・・。

会社には、3つの条件を提示しました。
1.会社に残る条件は、辞令による異動には従えないこと。
2.責任ある立場での業務はしないこと。
3.道半ばである業務があるので、それは継続して手がけられること。

結果的に、1と2は認められて、3は認められませんでしたけどね。w

まぁ~、そこは自分も妥協して、新たな部署で業務を再開したわけですが・・・。
これがもう楽ちんでした。w
こんな仕事で給料を貰うのが悪い見たいな・・・。www
そして、何かことが起こっても、自分には責任はないしね。
自分さえ、しっかりと業務をこなせばいいだけですから、こんなに楽なことはありません。
定時には帰れるしね。


こんな天国みたいな部署があったんですね。w
直接、数字として成果が見えない部署って、こんなにも楽だったのかと・・・。
組織によって、不公平感満載です。www

でも、そんな楽なことが、長く続くわけはありません。

昨年の4月のこと。
今の業務と掛け持ちで、子会社の業務改革を受け持って欲しいと・・・。
しかも、そこはクレーム対応の専門部署だとか・・・。www

今までも顧客対応の仕事をずっとしてきたので、クレーム対応のスキルはすでに持ち合わせていました。
部下が発生させたクレームも、たくさん解決してきたしね。
おそらくクレーム対応が得意と思われていたんでしょうね。w


とんでもないです。
クレーム対応なんて、仕事じゃなければ、誰だってやりたくない!
得意とか不得意とかの問題じゃないですよね。

でも、とりあえず引き受けましたよ。www



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■何故、やりたくない仕事を引き受けたのか・・・?
その時は、すでに退職を意識していました。
ただ、前回の退職騒動も辞令によるものだったので、今回、辞令時は避けたかった。
あまりに我儘すぎるような気がしてね。w

しかも、異動先の業務も実際に自分でやってみないと、イメージだけ先行させても申し訳ないですしね。

そして最後の手段は、面白くなければ辞めればいい。
そんな割り切りも、出来ていましたから・・・。



そして、昨年の6月、新たに子会社の業務に就いてみたわけですが・・・。
これが、とんでもない部署でした。www
今まで、何故ここまで放っておいた・・・?
それくらいの衝撃がありました。

とにかく、クレーム対応にあたる人材が揃っていない・・・。www
そして、そのスキルもない。
これじゃ、火消しじゃなくて、ボヤが大火事になるわけだわ。



仕事一途だった40代までの自分だったら、遣り甲斐を感じていたかも知れませんね。
でも、もう遣り甲斐なんて言葉、どこかにもありません。

それでも、とりあえず3ヶ月間だけは頑張ってみることにしました。
そして、この組織の問題点と改善策は見えてきました。

でも自分の考えを形にするには、かなりの反発も予想されるわけで、軋轢を起こしてまで業務改革をするほどのパワーは、もう自分には持ち合わせていません。

そりゃそうですよね。
親会社から来た人に、今までの業務方法を否定されたら、面白くないでしょうからね。



会社のために、業務改革を手がけるか・・・?
それとも、自分の想いを優先するか・・・?
すでに、答えは明白でした。

そして、昨年の9月、再び退職の決断を下したわけです。

あとは時期とタイミングだけ。
どんな状況になろうが、会社に残る選択肢はありません。

退職は、「今年の7月(今頃)が、いいタイミングかな~」って、漠然とは考えていました。
そして、ブログにその気持ちを書き始めたら・・・。

なんてことでしょう!
たった2週間で、退職の意思表示をすることになるなんて・・・。



またまた長くなってきたので、次回に続きます。

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2015年7月30日 (木)

退職までの軌跡(1)

何度も書いてきましたが、自分が長年勤めた会社を退職したのが昨年末。
でも、本当は今頃(7月下旬)退職する予定でした。

ただ、同じ会社に30年以上も勤めていると、会社を離れるとなると、漠然とした不安がありました。
「さて、上手に辞められるのか?」と・・・。
ブログに書き始めたのは、それを客観的にみたかったんですよね。

そうしたら、すぐに退職熱が高まってしまって、たった2週間足らずで、退職を申し入れてしまいましたけどね。www

本当は、退職までの気持ちの変化などを、ブログに綴って行くはずだったのに、
あまりに短すぎでした。w

ですので、ここらへんで退職までの想いを、ちょっと振り返ってみたいと思います。



■何故、会社を辞めたくなったのか・・・?
会社を辞めたくなった理由の一つは、バンコクへの想いが年々強くなってきたことですね。
そして、そのタイミングを50歳を超えたころから、ずっと考えていました。
カネのこと、仕事のこと・・・などをね。

バンコクに暮らすとなれば、当然に会社を辞めなければなりません。
だから仕事もどこかで区切りをつける必要がありました。

その時期は漠然と58歳と決めてはいました。
元勤務先は、役職定年制という制度があって、それが58歳だったんです。
58歳で責任ある立場から降りられるわけなんで、退職するにはベストタイミングですよね。

それが、約2年早まることになってしまったんですが・・・。www


それは一昨年(55歳)の夏のことです。
自分にとっては、とても受け入れ難い辞令(内示)を受けたことから始まりました。

その仕事のスキルは、すでに持ち合わせていました。
40代の頃に、すでに経験済みでしたからね。
その業務は、自分を成長させてくれたし、人脈の構築も出来ました。
でもそれは、あまりに忙しすぎた。
残業100時間は当たり前、休みもまともに取れない・・・。

あと3年で会社を辞めるつもりでしたから、いくらカネを貰っても、やりたくない業務だったわけです。


「あいつだったら、受け入れてくれるだろう・・・。」
そんな思惑が感じられただけに、すんなりと受け入れたくもなかったんですよね。

それでも一介のサラリーマン。
たくさん悩みましたよ。
この辞令を受け入れるかどうか・・・?
夜も眠れない状態が続きました。

そして結論を出した答えは・・・。

「会社を辞めよう!」

会社の命令に従わない以上、会社を去るしかない・・・。
そう考えるしかありませんでした。

そして、その想いを会社に伝えたわけですが、それからが大変なことに・・・。


自分の中では「遅くとも58歳で辞めよう!」と、以前から考えていたので、3年早まっただけ・・・。
そう納得するだけで良かった。

でも、会社の上層部の人たちにとっては、そんなことは知る由もありません。
寝耳に水なわけで、入れ替わり立ち替わりの、説得を受ける羽目になってしまいました。w

とりあえず、先の辞令は撤回してくれたわけですが・・・。
一度口にしたことを、そう簡単に覆すわけにはいきません。
そして、悩める日々が続くことに・・・。
辞めるのか?辞めないのか?

そんなことがあって、自分の心も少し弱ってしまいました。
もしかして、精神も病んでしまう?
そんな時に会社から紹介を受けた、産業医の言葉に救われました。

「急いで結論を出す必要なんてありません!」
「時間が経過すれば、自ずと答えは出てくるもんですよ!」


あまりに急な出来事で、自分の心の中もうまく整理できていなかったんですね。
結局、別な仕事をすることを条件に、会社に残りました。

でも、一度切れた心の糸は、もとには戻りません。
会社への忠誠心や仕事への意欲も薄れて、バンコクへの想いが、ますます強くなってきたわけです。

時間の経過とともにね。


58歳の役職定年まで待つ・・・。
そんな思いは、すでに吹っ飛んでいました。

そして、心を整理する時間が出来て、出した答えが・・・。
「自分の残された人生、会社に翻弄されるのは、もうたくさん!」
っていうことでした。

そして、再度会社を辞めるタイミングを図ることに・・・。


ちょっと長くなってきたので、後日に続きます。

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2015年6月30日 (火)

退職後6ヶ月経過・・・今の心境

6月30日、会社を辞めてから、ちょうど半年が経ちました。

誰にも束縛されない生活・・・。
半年間も自由を謳歌しているなんて、自分の人生において初めてのことです。
今までは、学校や会社の束縛を受けていたわけですからね。

綿密に計算して会社を辞めたわけではなく、どちらかと言うと咄嗟に決めてしまった感もあったので「何らかの後悔が生まれるんじゃないのか・・・?」って、若干の懸念はありました。
でも、そんなのは、いらぬ心配でした。

今となっては、こんなグータラな生活が自分の性に合っているなんて・・・。
そちらの方に驚いているくらいです。


働かないことへの罪悪感なんてものもまったくありませんし、「カネが無くなりゃ、その時に考えればいい・・・。」そんな居直りの気持ちも生まれましたしね。

この気持ちは、まだ働かなくなって半年しか経っていないからでしょうか・・・?
もう少し時間が経過したら、変化するかもですが、それもまた楽しです。

自分の場合は、会社を辞めることが最終目的ではなく、「バンコクで暮らしてみたい・・・」という想いがあって退職したので、今の生活は、まだ序章にすぎないんですよね。

今の生活よりも、これからの楽しみの方が、断然に勝っているわけです。

人生において楽しみを持つことが、いかに大切なことか・・・実感中です。
「やりたいこと」があるから、頑張れる(働ける)。

そして、「やりたいこと」に満足したら、また次に「やりたいこと」を見つければいいだけ・・・。
その繰り返しで、一生楽しく暮らせるってわけです。w

生き方に悩むなんて、バカバカしいです。
この歳(56歳)になって、ようやく人生を楽しむ方法が、わかったようです。w

でも、このグータラ生活・・・一度やったら、もう辞められないかもです。www

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2015年6月26日 (金)

エリートの末路 ~こんなはずじゃなかった?~

出世競争に勝って、誰よりも早く部長にまでなった人が、定年後に落ちぶれていた・・・。
そんな話です。

自分とは直接関わった方ではありませんが、社内では有名な人でした。
ごますり野郎としてね。www

上には媚び諂い、部下には威張り散らす・・・。
そんな人を部長にまでしてしまった社長の見る目の無さにはがっかりですが、社長もただの人間ですから、そのイエスマン振りが心地良かったんでしょうね。w

その分、気分次第で怒鳴られる部下は、たまったもんじゃありませんけどね。


その人が定年で会社を去ってから、5年くらいになります。
人望もなかったわけですから、誰もその行く末に興味はありませんでしたが、今、その人が悲惨な状況になっていると・・・。
そんな情報が飛び込んできました。

聞くところによると、定年後、奥さんに逃げられたらしい・・・。
自宅も売却してしまったとか・・・。


それで、カネに困っているらしく部下を頼ってカネを借りに来ているとか。www
背に腹は代えられない状況なんでしょうけど、それにしてもねぇ~。
「お世話にもなっていないのに、貸すわけないじゃん!」(元同僚の言葉です。w)

「会社の部下なら俺の言うことは聞くだろう!」とか、思ってたんじゃないでしょうね。
この馬鹿さ加減、笑っちゃいます。

現役の時から、金遣いも荒かったようだから、貯蓄はなかったんでしょね。
それでも年金は、それなりに貰っているはずなのに、どうしちゃったの?
借金で首が回らなくなっちゃったのかな・・・?

自分は直接の部下では無かったので、カネの無心に来ることはないとは思うけど、こんな話を聞いても、可哀想だとは思わないんですよね。

それよりも、いつまでも話題を提供してくれて、そのことだけは感謝しておきましょう。w


会社員時代の肩書なんて、会社を去ったところで意味がなくなります。
関係会社に接待を受けたり、ちやほやされるのも、会社があってこそ・・・。
誰もがわかりきっていることなのに、何故勘違いするの・・・?

会社で出世することだけを考えて、現実に出世したのは、それなりの手腕や才能はあったんでしょうが、そんなものは、生きてく上では必要ありません。
ただただ誠実であれば、それでいい。


家庭を大事にしなかったことで奥さんにも愛想を尽かされ、威張り腐っていたばかりに元部下にも相手にされず・・・。
そんなエリートの末路は「自業自得」としか言いようがありません。

打算的な生き方は、必ずどこかでしっぺ返しされるってことです。

誰にも迷惑をかけずに生き抜く術・・・。
これが生きてく上で最も大切なことだと思うんだけどね。

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