会社員生活

2017年12月19日 (火)

忘年会に呼ばれた理由がわかった

会社を辞めて3年、初めて忘年会に誘われたことを先日記事にしました。

その記事は、ここ。

その忘年会に、昨晩参加してきました。

場所は、元会社の近くの和食屋さん。
会社員時代は、何度も通った勝手知ったる場所。
美味しいし、安いし、結構気に入ってはいたんですが、いかんせん会社に近いもんで、ずっと避けていました。

一番気になるのは、誰が参加するんだろうか?ってこと。
やっぱり会いたくない人はいます。
(そいつらも参加してたら嫌だな~。)これは、おいらの心の声。(汗)


でも、参加してたらしてたで、仕方ない。
うまく立ち回るしかない!覚悟はしてました。

まあ、事前情報では、参加者は10人程度って聞いているので、有志の集まりだと思ってはいますけどね。

開始時間は19時から。
こういう時って、みなさんは何時くらいに行きますか?

時間に遅れないように、早めに行く。
ちょうど19時に行く。
会が始まってから、少し遅れて行く。

必ず遅れて来る人っていますよね。
「みんなに注目されたい!」・・・そんな人に多いようです。

おいら、たいていの場合は10分くらい前には、その場所に到着するようにはしてるんですが、昨晩は正直迷いました。
なぜか早く行くことに躊躇しました。

早く行く=楽しみにしていた
「そう思われても嫌だな~」の微妙な心理です。(笑)


結局、5分遅れくらいで到着するようにしました。
なんでこんな姑息なことを考えねばならないのか?
自分でも不思議なんですよね。

たった3年しか経ってないけど、なんか緊張するな~。

 

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そんなわけで、定時の5分遅れで、忘年会の場に到着。
すでに、みんな揃っていました。

「久しぶりです。」
そう言いながら、参加者を見回します。
そこにはあるのは、懐かしい顔ばかり。
おいらが、会いたくない人は参加しておらず、ちょっと安心。


でも、部署の集まりでも無いし、退職者も数人いるし、転職者もいる。
男女も半々くらいいるし、いったいどんな基準でメンバーを集めたんだろうか?
その辺は、ちょっと不思議。

まずは、乾杯。
幹事が挨拶して、ようやくこの忘年会の趣旨がわかりました。

それは、送別会を兼ねているってこと。

おいらの部下だった人が、今度退職することになったらしい。
その人の送別会を兼ねての忘年会でした。

その人は、12月末日で65歳になるそうです。
雇用契約満了での退職です。
おいらよりは、年上なんですが、彼は中途入社だったのでしばらくは、おいらの部下で働いてくれた人です。

今回の忘年会(送別会)は、退職するその人の人選だとか。
その人が会いたい人。
そこに、おいらが入っていたというわけ。
なんか、ありがたいね~。

送別会ってわかっていたら、なんかプレゼントを準備してったのに。
おいらが、持っていったのは・・・。

これ↓
Dsc_6750


みんなに「ヤードム」だけ。(汗)
送別会だって、聞いていなかったんだから、しょうがないよね。

まあ、こんなんでも話は盛り上がるもんで・・・。

で、退職後はどうするの?
おいらが、聞きたかったのは、そのこと。

「しばらくは、のんびりしようと思ってるけど・・・。」
そう言いながらも、働くことにまだ未練はありそう。
まだ元気だしね。

定年退職後も、まだ働いている人もたくさんいて・・・。
みんな働くことが好きなのね~。

おいらみたいに「もう働きたく無い!」は、どうやら特殊なようです。(汗)

もちろん、すでに働くことを止めて、老後を謳歌している人もいましたよ。
おいら、そういう人とは話が合います。
「老後をどう楽しむか?それって大事ですよね~。」って。(笑)

その人は、来月に夫婦で、タイ⇒ラオス⇒カンボジアを1ヶ月かけて旅行をするんだとか。
夫婦で元気なうちに行こうって決めたんだって。
こういうのは、いいね~。

だから、いろいろ聞かれました。

「どこか、おススメの場所はありますか?」には・・・。
ぱっと頭に浮かんだのが、スコータイのライトアップされた遺跡公園。

↓こんな写真を見せながら、熱く語っておきました。(笑)

Dsc_4546

今回の忘年会(送別会)参加者の平均年齢は、50代半ばくらいでしょうか。

それぞれの近況や、今の会社の状態、昔話や今後のこと、病気のことや介護のことなど、多岐にわたり話に花が咲きました。

それでも、話題が中心になるのは、やっぱり老後のこと。
やりたいことはあるのか?ずっと働き続けるのか?

まだ道に迷っている方もたくさんいるようで・・・。
そんなこんなで、あっという間の2時間半。

楽しいひとときでした。



そして、忘年会もお開きとなり・・・。

さて、帰るとするか?
と、思いきや。

2次会に誘われました。(笑)

2次会は、とくに仲の良かった、4人で。
現役1名、転職して1名、定年退職して再就職した1名、そしておいらの4名です。

今は、みんなそれぞれ違う道を歩んでいるけど、一度は同じ釜の飯を食った仲間たち。
この位の人数で飲むのは楽しいね~。
気を使わなくていいしね。


終電の時間まで飲んで、騒いで、2次会もお開きとなりました。

そう言えば、終電に乗ることも久しぶり。

会社を辞めてから、電車に乗ることも少なくなったし、まして終電なんて乗ってない。

終電は相変わらずの混雑ぶりでした。
そんな終電は、人いきれに辟易です。
会社員時代は、よくもまあ、こんな満員電車に乗ってたな~。


世の中変わっているようで、何も変わっていないんだ!
そんなことを想いながら、家路についたのでした。

今年ももうすぐ終わりです。

 

 

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2017年11月27日 (月)

忘年会、今年は参加するしかないかな?

このブログを立ち上げたのが、2014年9月28日のこと。
おいら56歳の時です。

社内の人間関係で、いろいろあって「会社を辞めたい!」って思いが強くなっていた時でもありました。
心の拠り所を、ブログに託したってわけです。

前勤務先は58歳になると役職が外れる「役職定年」という制度があって、「その役職定年を機に会社を辞めよう。」って、ずっと考えていたはずなのに・・・。

役職定年での退職であれば、「会社には迷惑がかからないはず」そんな思いがあったし、「いつかはバンコクで暮らす」
そんな夢を叶えるのも、タイミングとしてちょうど良い時期なのかなと思っていた。

でも、実際に会社を辞めたのは2014年12月31日。
ブログを立ち上げて、わずか3ヶ月という早業です。(笑)


まあ、ブログを立ち上げたときは、すでに精神的におかしくなってたかな?
上司との関係、部下との関係、顧客との関係・・・。
すべてにギクシャクしていたように思う。

自暴自棄になって、すべて投げ出したくなってしまったんだよね。
しかも少しでも早く。

そんなことをすれば、会社に迷惑がかかることは重々承知していたんだけど、あの時はもう耐えられなかった。

そんな辞め方をしてしまったので、会社内の誰もがおいらのことを快く思っていなかったはずです。
なので、一部の友人を除いては前勤務先との関係をすべて断ちました。

会社のOB会にも入らず、年賀状も出さず、フェイスブックの友達申請もすべて無視。

おいらとのコンタクトは、昔から使ってるメールアドレスしか出来なくしてしまいました。
メールなら返信しようがしまいがこちらの判断で出来ますからね。

そんな社会人としてあるまじき行為をして辞めてしまった会社。
もう繋がることは無いと思っていたんだけど・・・。


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あれから約3年。
先日、前勤務先の同僚から、メールが届いた。

忘年会への参加依頼だ。
しかも、「都合の良い日を教えて欲しい・・・。」って言うメール。
日程ありきでは無く、おいらの都合ありきなのだ。

日程が決まっていれば、「その日は、ちょっと・・・」とか、適当に胡麻化して参加しない手もあるんだけど、「おいらの都合に合わせる」って言われちゃね~。
参加しないわけにはいかないかな~?

会社を辞めると決めた2014年12月は、バンコクに来ていたので、もちろん不参加。
って言うより、誘いも無かったかも。

翌年2015年12月も、誘いは無かった。
まあ、その年もおいらバンコクにいたから、誘いがあっても断っていたけどね。

去年2016年12月は、母が亡くなったばかりだったので、喪中のため不参加。
母が亡くなったことは、一部の人には知らせていたので、もちろん誘いはなかった。

だから、2014年~2016年の3年間は、前勤務先の忘年会には参加していない。
もう完全に忘れ去られた存在だと思っていたのにね。

そして先日、頂いたメールにこう返信した。
「12月12日には日本に帰る予定、それ以降だったら大丈夫だと思う。」

会社を裏切り、仲間を裏切って突然会社を辞めたおいら、今更、どの面下げて忘年会に参加したらいいんだろう?
そして、ちょっと困惑している。

きっと、おいらが「バンコクでどんな暮らしをしているのか?」興味津々なんだと思うけど・・・。
こうなりゃ、猿回しの猿になってやろうか。

今は、そんな気持ち。

どうやら三十
数年勤めた会社との縁は、断ち切れなさそうです。
もう会社には何の未練もないんだけどね。

人との繋がり・・・厄介だけど、意外と欲しているのか?
自分の気持ちすら良くわからないや。
難しいねえ~。

 

 

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2015年5月20日 (水)

思えば叶う!

自分が50歳になった頃(約7年前)、漠然とですがバンコクへの移住を考えるようになりました。
その頃はまだ定年退職後のプランであって、定年前に会社を辞めてまで移住を考えていたわけではありません。

それから何度もバンコク旅行を繰り返すうちに、だんだんと「バンコクで暮らしたい!」との思いが強くなっていくわけですが、最後まで自分を悩ませていたのが
「定年という呪縛」でした。

50を過ぎて、一度も転職せずにいると、当然会社への愛着もあるし、定年まで働くのが当たり前の考えになっていました。
仕事なんて適当にやっていれば、それなりの収入も貰えるわけですから、敢えてそれを捨てるのは「あまりにもったいない」という思いもありましたしね。
「会社=自分の人生」そのものでした。

定年までの残り期間が5~6年くらいになった頃、自分の人生を今一度、真剣に考えるようになりました。
きっかけは「バンコクで暮らしたい!」の思いがより強くなってきたわけですが・・・。
今までの勤務期間を考えたら、残りは少ないです。
でも、自分の人生の残り時間を考えたら、この5~6年はとても貴重な期間なんじゃないかな・・・?
そんな思いが交錯していました。

その頃は、かつて自分の上司だった人たちが、定年を迎え「退職か?」「嘱託で会社に残るか?」の選択で悩んでいるのを多く見かけるようになった時でもあります。


どちらかというと、嘱託で会社に残る人の方が圧倒的に多いんですが、嘱託になると今までの地位に居られるわけでもなく、組織上では今までの部下と上下関係が逆転するわけです。 

バリバリと率先して陣頭指揮を取ってた人が、急に覇気が無くなっているように見えていました。
それがいつも寂しさを感じさせるんですよね。

結局「仕事人間の末路なんて、こんなもんか!」と・・・。


そんな姿を見てしまうと、自分にとって「定年」なんて、何の意味も持たなくなりました。
「定年まで働くというのは、ただの自己満足でしかないんだ!」とね。


そう考えたら簡単に
「定年という呪縛」解けました。

そうなると、あとは会社員生活の終焉を、いつ迎えるか・・・?」を考えるだけですが、何かしらのタイミングは必要でした。
「年度の切り替え」や「ボーナス時期」などですね。


そんなことを考えるようになったら、勝手にタイミングは降りてきましたけどね。www
自分の場合は「組織改正」がそのタイミングでした。
「思えば叶う!」ってことでしょうか・・・。w

最近、良く考えます。
人生のレールって、初めから引かれていて、自分はそれにただ乗っかているだけじゃないかと・・・。

そもそも「海外で暮らす」なんてこと、若い頃はこれっぽっちも考えていなかったわけで、人生なんて、どう転ぶかわからないです。
だから面白いのかも知れませんが・・・。


おそらく人生における最後の興味は「人生の終焉は、いつ、どのように迎えるんだろう・・・?」ということになるんじゃないかな。
それをも、どう終わりたいのかを、ちゃんとイメージしておけば、その通りになるんじゃないかと思っています。
「思えば叶う!」っていうことを信じてね・・・。

でも「宝くじを当てたい」とか「お金持ちになりたい」とかの邪心がある思いは、いくら思っても、めったに叶いませんけどね。
悪しからず・・・。www

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2014年12月31日 (水)

さよなら会社員生活

本日を以て会社員生活とはさよならです。

そう、今日が退職日です。

だから今日だけはブログタイトルを記事タイトルにさせて下さい。

何故ならば、この日のためにブログを立ち上げたのだから・・・。


会社を辞める決心をしてブログを書き始めたのが、今年の9月のことでした。

まだ3カ月しか経っていません。

「自分の気持ちに正直に生きたい。」という思いを実現するには、何らかのキッカケが必要で、頭の中で描いているだけでは中々整理が出来ませんでした。

そのキッカケをブログに頼ったわけです。

2015年の7月を目途に「会社を辞める」という計画から始まったわけですが、不思議なものでブログを書き始めたら自分の気持ちを整理するのに、そんなに時間は必要ありませんでした。

一気にことが運び、自分でも少し驚いています。


「さよなら」は苦手です。

今回は「会社との別れ」ですが「家族との別れ」や「友人との別れ」etc・・・。

「さよなら」を言わなければならない日は必ず来るわけです。

早かれ遅かれね。

それが、自分の意思であろうが無かろうが・・・。

しかも、突発的であったり計画的であったり・・・。

別れは悲しみや怒りの負の感情が伴うケースが多いですよね・・・だから苦手です。

面と向って「さよなら」は言いたくない。

だって、目の前で泣かれたりしたら寂しさが倍増してしまうから・・・。


でも「さよなら」があれば「こんにちは」もある。

新たな出会いがある。

未来に目を向けることでポジティブな気持ちになれる。

何も悲観することなどない。

未来に起こり得ることなど、誰にもわからないわけだから・・・。

不安が無いわけではない。でも、その不安をエネルギーに変えることも出来る。

不安があるから面白いのかもしれない。

それが「生きている証」だから・・・。

誰かが言っていた。

「生きているだけで、まる儲け!」と・・・。

そう、何とかなるさ・ケセラセラ・マイペンライです。

一度きりの人生、たっぷりと楽しまなきゃ。

明日から、いよいよ「無職生活」の始まりです。

「こんにちは無職生活」にでもタイトルを変えようか?www

無職というネガティブなイメージを払拭するためにもね。

今年は退職する上で、みなさんのブログ記事やコメント、そして直接のメッセージに多大な力と勇気を貰いました。みなさんに感謝です。


そして、ありがとうございました。


2014年12月 9日 (火)

退職に向けて最終手続きが完了しました

以前、この記事で、退職の最終最終手続き日が12月8日になる旨を記しましたが、人事担当の都合で12月9日に変更となり、本日午前中に本社に出向き最終手続きをしてきました。

久しぶりにスーツを着て、ネクタイを締めて、満員電車に乗ってきましたよ。

「よくもまぁ~、30数年間も通勤したな~!よく頑張った!」って、自分を褒めてあげたくなりました。

退職日は12月31日付けですが、12月12日より1ヶ月ほどバンコクに行く予定を立ててしまった関係で、こちらかのお願いで早めに手続きしていただきました。

手続きと言っても、預かっていたものを返却したのと、会社からは、いくつかの書類に署名押印するだけでしたので、手続きに要した時間は20分ほどで完了です。

本来、会社からは、年金手帳、雇用保険被保険者証、退職証明書 などが、返却されるんですが、僕の方が12日からバンコクに行くこともあり、退職後にもまだ送付いただく書類があるらしいので、1月になったらすべて一緒に送付していただくようにお願いしたため、持ちかえりの書類は一切ありませんでした。

退職手続きで悩んでいたDB年金(企業年金)の受領方法については、60歳時点で一時金として受け取ることにしました。

60歳までは会社が2.5%で運用してくれるので、今貰うよりも75万円ほど多くなります。

今貰って自分で運用することも考えましたが、2.5%以上の運用は自信がないので会社に任せることにしました。

そんなわけで、60歳からはDB年金(企業年金)とDC年金(確定拠出年金)が貰える予定ですので、60歳以降、厚生年金および老齢年金を受領するまでは、それで食いつなげそうです。

60歳までは、あと数年ありますが、来年は雇用保険も貰えるので、金銭面においては今までの暮らし方を変えなければなんとかなりそうです。

これからのインフレ状況や年金受領額の減額などは、ある程度覚悟しなければなりませんが、自分の場合は何とか逃げ切れそうです。(若い人はちょっと大変ですね。この国はどうなって行くんだろう?)

手続き後は、ひととおり顔見知りを見つけては、退職の挨拶をしてきましたが、何か照れくさかったですね。何人かからは「顔色がいいですね!」なんて言われたりして・・・。

犬猿の仲だった上司にも、ちゃんと挨拶だけはして来ましたよ。大人の対応でね。www

手続きが完了したので、これで安心してバンコクに行って来ます。

今までは1週間程度の旅行でしたが、今回は約1ヶ月間です。

新たな発見があるかどうかわかりませんが、今までとは違った視点でバンコクを見てくるつもりです。

もうすぐ第2の人生のスタートです。

2014年12月 5日 (金)

素晴らしき仲間たちよ、ありがとう。

昨晩は、今までと別グループが送別会を開いてくれました。送別会としては3回目です。

今回のメンバーは、長年の会社員生活において最も親しくしていただいた方たちで、会社の業績が良い時も悪い時も、切磋琢磨してお互い成長してきた、自分にとっては大切な友人たちです。

場所は高級中華料理店でした。

自分が下戸なことを知っているメンバーなので、料理中心の場所を選択してくれたようです。

彼らとは、数年前まで月1回はゴルフをしたり、年に1回は慰安旅行に行ったりと、仕事以外でもたくさんの思い出をつくってきました。

だから会話も多岐にわたり、いろいろな方面に脱線しながらも、楽しいひと時を過せました。

最近では、みんなで旅行に行くことも無くなりましたが、同じ釜の飯を食った同士です。

時には仕事上で口論になったこともありますが、それも「会社を良くしたい」との共通した思いがあったからで、今では何もかもが笑い話として、語り合える、そんな仲間たちです。

それでも退職することは誰にも相談しなかったので、そのことに関しては非難轟々です。

(事前に相談したら「まだ、辞めるな!」って言うでしょ、あなたたちは・・・。www)


「水臭い!!」


って、冗談半分に責められましたが、自分がバンコクに頻繁に行くようになって、自分の生き方も話していたので、いずれこの日が来ることは、みんな分かっていました。

「ありがとう。みんながいたから、これまでやってこれたんだよ。」

口に出して言いたかったんですが、言葉には出来ませんでした。

なんか、照れくさくてね・・・。

でも、本心です。

あの頃は楽しかったし、その楽しみがあったから、辛い仕事も楽しく思えた。

今は、楽しみの矛先がバンコクに移住することに変わり、楽しさを求めて自分は舵を切った。

人間って、いつまでたっても楽しいことを欲しているんですね・・・。

人生なんて、ただそれだけです。

最近は、それぞれの部署で重要な役割を担い忙しい方たちなので、一同に集まることは少なくなりましたが、久しぶりに自分のために集まってくれて、本当に感謝です。

自分は会社を去りますが、彼らのことだから、いつかバンコクまで遊びにきて、また昔話に花を咲かす日が来ることでしょう。

2014年12月 3日 (水)

いきなり「退職します」と言ったら・・・。

精神的に不安定な状態になりました。


現在の話ではありません。

実は会社に退職の申入れをしたのは、今回で2度目です。

1度目の退職話、それは昨年の6月でした。

自分にとって不本意な組織改正、不本意な処遇に対する反発でした。

上司から内示を受けて一晩考えましたが、自分の気持ちを整理することが出来ず、内示の翌日に退職する旨を申入れました。

その時すでにバンコクの移住を視野には入れていましたので、良いタイミングかもしれないと判断しました。

ただ、移住については漠然と考えていただけで、具体的には3年後くらいをイメージしていた頃です。

そんな状況で、いきなり「退職します」と言ってしまったわけですが・・・。

それからが、大変でした。

周りの反応が自分の想定よりも、あまりに大きすぎたのです。

数日間にわたり、いろいろな方から慰留を受け、その結果、不眠症になり言葉では表せないほどの不安感に襲われるようになっていました。

「どれだけスッキリするだろう?」って考えていたのに、それどころか、精神のバランスが崩れてしまうとは・・・。

このままでは、メンタルの病気になる・・・。


そんな気持ちになるなんて、考えられないことでした。

その後、紆余曲折がありましたが、結果として会社に残る決断をしました。

退職のタイミングって簡単ではないです。

どれだけ会社と仕事のことが嫌いになれるか?

嫌いになれないと、いつまでも気持ちが揺れることになってしまいます。

【結論】

今回の退職話と1度目の退職話では何が違ったのか?

1.会社に愛着があった⇒愛着が無くなった

2.やってる仕事は嫌いではなかった⇒今やってる仕事は嫌いだ

3.会社に行くことが苦では無かった⇒会社に行くことが苦になった

4.たった2日で退職する結論を出した⇒3ヶ月ほど考えた

5.退職後の生活設計は立てていなかった⇒充分にシミュレーションをした

違いは、こんなところでしょうか。

退職を考えてる皆さんは、自分みたいな愚かな決断は下さないと思いますが、上記5項目に当てはまると、精神的ダメージを受ける可能性がありますので、ご注意を・・・。

あっ!あと家族の理解も重要ですね。

現在は、すでにこのブログで披露しているように、とても晴れやかな心境です。不安や後悔も一切なく今に至っていますので、グッドタイミングだったと思っています。

2014年11月30日 (日)

辞めて良かったんだ・・・でも、ごめん。

昨日は最近まで一緒に仕事をしていた仲間たちが送別会を開いてくれた。

仕事をしなくなって1ヶ月あまり。

つい最近までしていた仕事だけに、現状がどうなっているのか?

無責任に途中で放り投げてしまった身だけど気にはなっていた。

案の定、クレーマー化した顧客には振り回されているようだ。

なんか送別会まで開いてもらって申し訳ない気がする。

普通だったら、「途中で逃げ出しやがって・・・」って、反感を買うはずだから・・・。

クレーム対応って、誰もがやりたい仕事ではないですよね。

みんなが遣り甲斐をもって仕事が出来る環境にするためには、どうしたらいいのか?

うるさいと思われようが、その方法は自分なりに上層部には提案してきた。

改善したかった・・・。

でも、何を言っても変わらなかった。

さすがに、我慢できなくなって、辞める決断をした。

メンタルケアは事が起こってからでは遅すぎる・・・その前にやるべきことがあるはずだ。

会社は、辞めていく人間の「ただの戯言」としか、捉えなかったかもしれないが、最後っ屁で真剣に訴えたつもりだ・・・。

辞めたくても辞められない人たちがいるわけだから・・・。

今更、自分が熱くなってもしょうがないのに、つい最近まで一緒に仕事をしてきた部下の話を聞いているうちに、また腹がたってしまった。

そして、自分だけ逃げだして、ごめん。

2014年11月19日 (水)

仕事上の楽しいことって何?

先日、元同僚が開催してくれたので送別会に参加してきました。

当然に勤務時間が終了してからの時間なので、19時からのスタート時間でしたが、もちろん自分は勤務していないので、自宅から開催場所に向かいました。

考えてみると、有給休暇に入ってから夜出歩くことが一度も無かったんですね。出歩くのも明るい時間に買い物に行ったり、散歩したりの生活ですから、夜は自宅でのんびりの生活になっています。

久しぶりに、ちょうど会社員の帰宅時間帯の電車に乗ってみて、よくも30数年間も毎日こんな混雑した電車で通勤してたな~と、すでに懐かしくもあり感慨深いものがありました。

送別会では、最初のうちは自分が会社を辞めることを残念がってくれたり、バンコクの話で盛り上がったりしていましたが、ある質問にちょっと引っかかってしまいました。

その質問とは、

「会社員生活で一番楽しかったことは、何でしたか?」

とっさに、

「君たちと一緒に仕事ができたことだよ・・・」

と、答えてしまいましたが、ちょっと臭かったですね。


その場その場においては、仕事に「遣り甲斐」や「達成感」を感じていたはずなのに、30数年間も会社員をしていて、楽しかったことが思い浮かばないなんて・・・。

辛かった思い出は簡単に思い出せるのに、結局のところ、仕事は楽しいことでは無かったのか?

自分の人生の大半を捧げた会社員生活だっただけに、なんか、空しさを感じてしまいました。

その後、みんなに酒が入るにつれ、送別会からいつもの飲み会モードに変わり、仕事上の不満や上司の悪口で勝手に盛り上がっていましたが、こんなことでストレスを発散しているのを垣間見ると「早めにリタイアして良かった」と、改めて感じることができました。

夜の11時に送別会は終了しましたが、

家に帰る電車の中、酔っぱらて眠りこけるサラリーマンの姿を見て「明日も仕事、頑張ってね」と、心の中でつぶやいていました。少しだけ優越感を感じながら・・・。

あと、3回ほど送別会の予定が入っていますが、それぞれ違うグループなので、しっかりとみんなに感謝の意を表して会社員生活を終わらせることにします。

それと、会社員生活で一番楽しかったことは何だったのか?

いまだに、思い浮かびません・・・。

2014年11月18日 (火)

退職の最終手続き日が決定した

退職日を12月31日にすることは、何度かこのブログで書きましたが、いつ最終手続き日を行うかが決定していませんでした。

12月31日は会社自体が休みになるため、本来の最終手続き日は今年の仕事納めの日になるはずですが、自分の場合は、すでに12月12日から1ヶ月ほどバンコクへ行くためのフライトも予約済みのため、出来れば12月11日までに最終手続きを行いたい旨を、会社に打診していました。

結果として、12月8日に最終手続きをすることが決まりました。


これで安心してバンコクへ行くための準備にとりかかれます。

【最終手続き日に行うこと】(覚えとして、ここに記載します)

会社へ返却するもの

社員証・健康保険証・共済組合会員証・携帯電話

※健康保険証は退職日までは、持っていて良い。バンコクから帰ってきたらすみやかに返却すること。

※携帯は初期化して返却すること。(充電器等も忘れずに)

■会社へ提出する書類

・共済組合申請書(退職餞別金として2万円くれるらしい)

・退職所得申告書

・DB年金用の「給付金裁定請求書」

■会社から受領するもの

・年金手帳

・雇用保険被保険者証

・退職証明書

概ねこんなところでしょうか。もう一度見直して間違いないようにしないと・・・。

これでバンコクに行っている時に退職日を向かえることになります。

今年の大晦日と新年は、きっと例年とは違った感慨深い日となることでしょう。

新しい人生のスタートをタイの友人たちと盛大に祝いたいと思います。

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